
静かで、美しく、それゆえに痛い。英国サフォーク出身の兄妹デュオ、Esme Emerson(エスメ・エマーソン)が2026年最初のシングル「Jackie」を、UKインディーの名門Communion Recordsからリリースした。
The Japanese HouseのAmber Bainをソングライターに迎え、Rachel ChinouririやLava La Rueらとの仕事で知られるChloe Kraemerと共同制作された本作。幻想的なメロディとメランコリックなドリーム・ポップの向こう側で描かれるのは、ひとつのクィア・ラブの記憶、そして、あまりにも早くこの世界から消えてしまった人々への鎮魂だ。
「未来を持てなかった愛」を歌う
「Jackie」の中心にあるのは、“忘れることのできない愛”だ。
別の女性を愛することが、その人にとって長期的な未来になり得なかった時代。愛しているにもかかわらず、その愛を諦め、去らなければならなかった女性。その物語をEsme Emersonは、個人的なラブソングに閉じ込めるのではなく、歴史のなかで声を奪われ、忘れ去られてきた人々へと接続していく。
Esmeはこの曲について、特定のひとりの女性について歌った曲であると同時に、「消えてしまったすべての人々」のための曲でもあると語っている。恐怖や暴力、憎悪によって若くして命を奪われたクィアの人々。そして、その死を悼み、棺に飾る花を注文する者さえいなかったかもしれない人々。
だから「Jackie」は単なる失恋の歌ではない。誰にも記録されなかった愛にもう一度名前を与え、忘却の彼方へ追いやられた人生へ、音楽という花を手向けるような一曲なのだ。
Amber BainとChloe Kraemerが加わった、新たなサウンドスケープ
Esme Emersonはこれまでも、親密さを失わないインディー・ポップで注目されてきた。The Faceからは「親密なサウンドと魅惑的な世界を作り出す」、The Telegraphからは「美しく控えめなインディー・ポップ」と評されるなど、その魅力は“大きな音”ではなく、むしろ聴き手との距離の近さにあった。
「Jackie」では、その繊細さを残しながらサウンドスケープを大きく拡張している。
共同作詞・プロデュースを手掛けたのはChloe Kraemer。そしてソングライティングにはThe Japanese HouseのAmber Bainが参加。ドリーム・ポップ的な霞んだ音像、メランコリックな旋律、そして感情を過剰に説明しないヴォーカル。それぞれが絶妙な距離を保ちながら重なり、喪失というテーマに静かな奥行きを与えている。
悲しいから泣かせるのではない。美しいからこそ、その奥にある悲しみが遅れてやってくる。「Jackie」には、そんな残響のような感情がある。
『薔薇の葬列』へのオマージュ ── 映像でもクィアネスを祝福
楽曲と同時に公開されたミュージックビデオも、「Jackie」の世界を理解するうえで重要な作品となっている。
監督を務めたのはEsme自身。撮影監督には、PinkPantheress、Lambrini Girls、Chloe Qishaらの作品にも携わってきた長年のコラボレーター、Dajiana Huangを迎えた。
そして興味深いのが、そのインスピレーションのひとつとして1969年の日本映画『薔薇の葬列(Funeral Parade of Roses)』が挙げられていることだ。
松本俊夫監督による『薔薇の葬列』は、1960年代末の東京・新宿を舞台にクィア・カルチャーを実験的な映像表現で映し出した作品。「Jackie」のMVではその精神にオマージュを捧げながら、Esme Emerson自身の視点によってクィアネスを現代へと再接続している。
楽曲が“失われた人々”を見つめる一方、映像はクィアであることそのものを祝福する。喪失と祝祭。その二つが同時に存在することで、「Jackie」の世界はより立体的なものになっている。
兄妹だからこそ生まれる、親密で奇妙なポップ
Esme Emersonは、EsmeとEmerson Lee-Scottによる兄妹デュオ。Emersonが大学最終年度だった頃に2人で音楽制作を始めたことから、その物語はスタートした。
それぞれ異なるソングライティングとプロダクションの感覚を持つ2人が、その違いを消すのではなく衝突させることで、繊細でありながらどこか先鋭的なポップ・サウンドを作り上げてきた。
2025年に発表したEP『Applesauce』はDORKで5つ星を獲得し、NMEやDIYからも高い評価を受けたほか、Rolling Stone、Dazed、Clash、The Face、i-D、Wonderland、Gay Timesなど数多くのメディアが彼らをピックアップ。収録曲「Stay」も、その感情表現の深さが評価された。
ライブ活動も急速にスケールアップしている。英国各地でヘッドライン公演をソールドアウトさせ、サフォークのポートマン・ロードで開催されたEd Sheeranのスタジアム公演ではサポート・アクトを担当。さらにThe Japanese House、Sydney Rose、Gigi Perezらのツアーにも参加してきた。
BBC Radio 1やBBC 6 Musicからも継続的なサポートを受け、BBC Radio 1では楽曲が「Introducing Track of the Week」に選出。英国インディー・シーンにおける次世代アクトのひとつとして、その存在感は着実に大きくなっている。
「Jackie」は、忘却に抗うラブソングだ
クィア・ラブについて歌うこと。失われた人々について歌うこと。そして、彼らが確かにこの世界に存在し、誰かを愛していたことを記憶すること。
「Jackie」が美しいのは、そのメッセージを声高なスローガンへ変換しないからだ。
柔らかなメロディ、霞んだプロダクション、そして親密な歌声。そのすべてを使って、Esme Emersonは忘却に抗う。歴史の片隅から消えかけている誰かの記憶を、ポップソングのなかでもう一度生かしてみせる。
それはラブソングであり、レクイエムであり、同時に小さな祝祭でもある。
誰も花を手向けなかったのなら、音楽がその代わりになればいい。
「Jackie」は、そんな静かな祈りを宿した一曲だ。

リリース情報
Esme Emerson「Jackie」
レーベル:Communion Records
配信中
配信リンク:https://esmeemerson.lnk.to/jackie
