
インディーフォーク・バンドFloristのメンバーとして、そしてソロではアンビエント/実験音楽の探究者として独自の表現を築いてきたシンセサイザー奏者・作曲家、Emily A. Sprague。10月2日にリリースされるニュー・アルバム『Cyano』に先駆け、リード・シングル「Sing To」を、カナダ・エドモントンを拠点とするプロデューサーKhotinが再構築したリミックス・シングルが公開された。
静かな瞑想から柔らかな高揚へ ── 。原曲が持つ繊細な息遣いを保ちながら、新たな光を差し込んだ一曲となっている。
Khotinが描き直した“Sing To”という風景
オリジナルの「Sing To」は、Spragueらしい静謐なアンビエント・コンポジションとして、音と言葉の境界を曖昧に漂う楽曲だった。一方、Khotinによるリミックスは、その余白へフルートやパーカッシヴなチャイム、淡くきらめくビートを重ね、メランコリーを温かな多幸感へと変換していく。
派手なダンス・リミックスではない。むしろ空気の密度を少しずつ変化させながら、聴き手の感情を静かに持ち上げるようなアプローチだ。ノスタルジアと未来性、有機的な質感とエレクトロニクスが自然に溶け合い、サウンドスケープとソングライティングの新たな接点を描き出している。
架空の惑星「Cyano」が映し出す、もうひとつの私たち
ニュー・アルバム『Cyano』は、Spragueにとってこれまでで最も壮大なコンセプト・アルバムと言える。
舞台となるのは、かつて地球に似ていながら誤解と断絶によって崩壊し、個性よりも同化を強いられる惑星「Cyano」。その世界で主人公は、記憶や象徴、そして感情を手がかりに、本来失われてしまった「表現する力」と「他者との真のつながり」を取り戻そうとする。
SF的な設定を持ちながら、そのテーマは極めて現代的だ。可視性、共感、精神の変容、コミュニケーションの断絶──そうした現実世界の問題を、幻想的な物語へと置き換えながら静かに問いかけている。
シンセサイザーだけで描かれた、有機的な世界
『Cyano』は全14曲、すべての音をシンセサイザーのみで構築。アコースティック楽器やサンプルは一切使用されていない。それでいて、ピアノやギターのようにも聴こえる不思議な音色が折り重なり、生命や自然を感じさせる豊かな響きを生み出している。
また、本作ではSprague自身の歌声がこれまで以上に重要な役割を担う。インストゥルメンタル中心だった過去作品から一歩踏み出し、声そのものを音響空間の一部として取り込むことで、アンビエントとソングライティングの境界をさらに曖昧にしている。
写真技法「サイアノタイプ」から生まれた青い宇宙
アルバムの着想源となったのは、19世紀の植物学者・写真家Anna Atkinsが用いた写真技法「サイアノタイプ」。
青く染まる植物標本の幻想的な質感に惹かれたSpragueは、そのイメージを架空の惑星へと発展させた。さらに、アイスランドのフィヨルドを旅した経験や、自身の瞑想、自然との対話が折り重なり、『Cyano』という壮大な音響世界へと結実している。
Floristから続く、終わりなき音の探求
2010年代初頭、Floristで繊細なフォーク・ミュージックを奏でてきたEmily A. Spragueは、2017年以降ソロ活動を本格化。『Water Memory』『Mount Vision』『Hill, Flower, Fog』『Cloud Time』といった作品を通じ、アンビエント、実験音楽、モジュラー・シンセサイザー表現の第一人者として独自のポジションを確立してきた。
2024年には初来日ツアーも実現し、日本各地を巡った経験は前作『Cloud Time』にも色濃く反映されている。そして『Cyano』では、その旅路の先にある新たな表現へと踏み込んだ。
静けさの奥に、新しい歌が生まれる
Emily A. Spragueの音楽は、決して大きな声で語りかけてくる作品ではない。しかし、その静けさの奥には、記憶、自然、他者とのつながり、そして「表現すること」の本質が息づいている。
Khotinによる「Sing To」のリミックスは、その世界への入り口として理想的な一曲だ。そして10月2日にリリースされる『Cyano』は、アンビエントとエレクトロニック・ミュージック、フォーク、そしてSF的想像力が交差する、Emily A. Spragueのキャリアにおける新たな代表作となるだろう。

Artist: Emily A. Sprague
Title: Cyano
Label: PLANCHA / RVNG Intl.
Cat#: ARTPL-261
Format: CD / Digital
※日本盤独自CD化
※解説付き予定
Release Date: 2026.10.2
Price(CD): 2,200 yen + tax
