
2016年7月12日、ローマのサンタ・チェチーリア・ホール。その夜に起きたことは、二度と起きない。キース・ジャレットが2016年に行った最後のヨーロッパ・ソロ・ツアーを締めくくったローマ公演のライヴ録音が、『ローマ』として11月6日に世界同時リリースされる。『ミュンヘン2016』『ブダペスト・コンサート』『ボルドー・コンサート』『ウィーン・コンサート2016』に続く、シリーズの最終章だ。
わずか13日間、5つの異なる音楽世界が生まれた
わずか13日間に5公演。それぞれのコンサートが全く異なる音楽的風景を描き出したこのツアーで、ジャレットは毎夜ゼロから音楽を生み出し続けた。ブダペストではブダペストの音楽が、ボルドーではボルドーの音楽が、そしてローマではローマの音楽が生まれた。同じピアニスト、同じ夏、しかし一度として同じ夜はなかった。
即興が建築になる夜 ── 10のパートが描く壮大な弧
「パート I」から始まる演奏は、緊張感に満ちたクロマティック・ラインとスタッカートで序章を形成し、やがてメロディが姿を現す。「パート II」ではやや陰影のあるムードを引き継ぎながら構造が明確になり、そこからリリシズム、予想外の対位法、リズムへの集中的なアプローチへと次々と変貌を遂げる。
「パート V」では何もないところからスウィングするゴスペルが生まれ、「パート IX」では荒々しいブルースが炸裂する。「パート VI」の大きな弧を描くアルペジオのハーモニー、「パート VII」「パート VIII」における20世紀初頭のソングライティングへの深い敬意——ただしそれは既存の曲ではなく、その瞬間に生み出されるジャレット自身のメロディとして。そして「パート X」で音楽は原点へと静かに戻っていく。10のパートが寄り集まり、ひとつの壮大な建築物を形成する。
アンコールには「虹の彼方に」と「イッツ・ア・ロンサム・オールド・タウン」。よく知られた楽曲でありながら、その夜にしか存在しない解釈でコンサートを締めくくった。
「発見の興奮をリスナーと共有している」 ── ローマの夜が評されたとき
イタリアの新聞『La Repubblica』はこの公演をこう評した——ジャレットは「創造するという行為、即興による作曲そのものを讃え、聴衆の前でそれを行うことによって、発見の興奮をリスナーと共有している」。音楽を作ることと、音楽を聴くことが、その一瞬に溶け合う ── それがキース・ジャレットのソロ・コンサートの本質だ。
活動休止、そして脳卒中 ── それでもピアノを弾き続けた男の記録
2017年2月のカーネギー・ホール公演を最後に活動を休止し、2018年には脳卒中を2度発症。左半身が部分的に麻痺しており、ピアノ演奏への復帰が困難であることを明かしたジャレット。その後も彼はピアノを弾き続けていると伝えられているが、2016年のローマの夜がいかに貴重な時間であったかを、私たちは今になってより深く知る。
1971年の『フェイシング・ユー』から続くECMとの半世紀を超える旅。ソロ即興、デュエット、トリオ、クラシック・レパートリー、グレート・アメリカン・ソングブック——その多様性は録音音楽の世界で唯一無二だ。『ローマ』はその旅のひとつの区切りであり、「発見」に最後まで身を委ね続けたジャレットの純粋な姿が刻まれた一枚だ。

キース・ジャレット『ローマ』
2026年11月6日(金)世界同時リリース
SHM-CD 品番:UCCE-1223 ¥3,300(税込)
ECM Records/ユニバーサルミュージック
HP:https://www.keithjarrett.org/
ユニバーサル ミュージック:https://www.universal-music.co.jp/keith-jarrett/
