
針が溝をなぞる音、ヘッドホンの素材によって変わる響き、JR高架を走る電車の振動、古いレコードや誰かが使ってきた道具の手触り。デジタルによってあらゆるものが高速化し、均質化されていく時代だからこそ、“アナログ”という言葉は以前とは少し違った魅力を帯びはじめている。
Audio-Technica、Vinyl Delivery Service(VDS)、SKWATの3者による体験型プロジェクト〈Analog Market〉が、2026年9月2日から10月4日まで、東京・亀有のSKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTRE)で開催される。
約1ヶ月にわたる会期中には、音そのものに耳を澄ませる「Listening Room」や機材による音の違いを体験する「Listening Station」が常設されるほか、週末にはライブ、リスニングセッション、レコードマーケット、ワークショップ、蚤の市などが展開される。
これは単なる“レコード好きのためのイベント”ではない。聴く、触る、探す、集う ── 忘れかけていた感覚をもう一度ひらくための、1ヶ月間の実験だ。
「アナログ」を、レコードという言葉から解放する
〈Analog Market〉は、Audio-Technicaが創業60周年をきっかけにスタートしたプロジェクトだ。これまでも築地本願寺などを舞台に、レコードやライブ、マーケットを通してアナログカルチャーの魅力を発信してきた。今回、そのコンセプトはさらに大きく広がる。
タッグを組むのは、東京・亀有とロンドンを拠点に、長く人生に寄り添う音楽をテーマとしてレコードをセレクトするVDS(Vinyl Delivery Service)。そして、設計事務所DAIKEI MILLSを中心に、都市に眠る遊休スペースをアートやカルチャーの発信拠点へと変換してきたSKWATだ。
音響機器、レコード、建築と都市。それぞれ異なる角度から“場所と体験”を編集してきた3者が集まり、アナログを単なるフォーマットとしてではなく、人間の感性そのものに関わるものとして捉え直す。
電車の振動さえ音楽になる「Listening Room」
象徴的なのが、会期中常設される「Listening Room」だ。ここでテーマとなるのは、必ずしも“音楽を聴くこと”ではない。普段なら聞き流してしまう日常の音に、あえて意識を向ける。
会場となるSKACはJR高架下に位置する。そのため、電車が通過すれば建物には振動が走り、街の気配そのものが空間へ入り込んでくる。その環境をノイズとして排除するのではなく、この場所でしか成立しないリスニング体験として受け入れてしまう。
音楽を聴く前に、まず「音を聴く」。ストリーミングサービスから無限に楽曲が流れ続ける現在だからこそ、その原始的な行為が妙に新鮮に感じられるかもしれない。
針先ひとつで、音楽の表情は変わる
もうひとつの常設展示「Listening Station」では、さらに具体的な“音の違い”を体験できる。
ヘッドホンの材質が変われば、音はどう変化するのか。レコードカートリッジの針先形状が違えば、同じレコードから聞こえてくる世界はどのように変わるのか。スペック表を眺めるのではなく、自分の耳で聴き比べる。
1962年にレコードカートリッジの製造からスタートしたAudio-Technicaだからこそ提案できる、アナログ再生の奥深さに触れる場所になりそうだ。
同じ音源であっても、再生する道具によって表情は変わる。その小さな差異に気づいた瞬間、普段聴いている音楽まで違って聞こえてくる。「Listening Station」は、そんな耳の解像度そのものを少しだけ上げてくれる装置になる。
20店舗以上が集うレコードマーケット、そしてChurch of Soundも
平日の常設展示だけでなく、週末にはSKACの風景が大きく変わる。
9月12日・13日には、全国から20店舗以上が集結予定の「レコードマーケット」を開催。単にレコードを購入するだけではなく、それぞれの店が持つ選曲思想や価値観まで含めて巡ることができるマーケットとなる。
さらに9月19日には「Church of Sound」が出演。9月26日・27日には「Field Recording Workshop」が予定されているなど、“聴く”という行為をさまざまな方向へ拡張するプログラムが用意されている。
加えて、古物やクラフトなどが並ぶ蚤の市も開催予定だ。
レコードを掘る。ライブを聴く。フィールドレコーディングに触れる。古いものを手に取る。知らない人と音楽について話す。効率とは少し遠い場所にある、寄り道や偶然との出会い。そのすべてが〈Analog Market〉というひとつの体験を形づくっていく。
“不便さ”の向こう側にある豊かさを探して
アナログレコードが再び世界的な注目を集めて久しい。しかし〈Analog Market〉が面白いのは、レコードそのものを懐古的に礼賛するイベントではないところだ。ここで提示される“アナログ”とは、もっと広い。
音に耳を澄ませること。素材の違いを感じること。街の振動を身体で受け取ること。誰かが選んだレコードを掘ること。古いものの傷や質感に触れること。そして、同じ場所に集まった人間同士が時間を共有すること。
クリックすれば欲しい音楽へ一瞬で辿り着ける時代に、わざわざ亀有まで足を運び、針を落とし、音の違いに耳を澄ませる。その一見“遠回り”な行為のなかにこそ、デジタルだけでは置き換えられない豊かさが潜んでいるのかもしれない。

Analog Market
会期: 2026年9月2日(水)〜10月4日(日)
定休日: 月・火曜 ※祝日は営業
開場時間: 11:00〜19:00
会場: SKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTRE)
住所: 東京都葛飾区西亀有3-26-4
アクセス: JR常磐線「亀有」駅より徒歩12分
入場料: 無料 ※一部ライブなどは有料
主催: 株式会社オーディオテクニカ
企画・制作: Audio-Technica、VDS(Vinyl Delivery Service)、SKWAT
