
ブルックリンを拠点に活動するミュージシャン/プロデューサー、Frances Changが、8月21日にRVNG Intl.からリリースするサード・アルバム『been thinking bout confession』より、オープニング・トラック「Bad zen」を公開した。Frances ChangとフォトグラファーのMaria Gelsominiが手がけたヴィジュアライザーも同時公開されている。
100年前のベビー・グランド・ピアノを主な作曲の起点とし、オーケストラルな響き、実験的な電子音響、アナログ機材の質感、そして耳元で囁くようなヴォーカルを重ねた全11曲。Chang自身が“ヴァンパイア・ミュージック”と呼ぶその世界は、告白という行為を入り口に、自己の奥底に潜む欲望や死、幻想、そして「自分とは何者なのか」という根源的な問いへと降りていく。
「Bad zen」 ── アルバムという迷宮を開く、最初の暗号
アルバムのために最初に書かれたという「Bad zen」は、『been thinking bout confession』全体を読み解くための暗号のような一曲だ。
抑制されたシンセ・ストリングスが不穏な空気を作り出し、やがてその輪郭がゆっくりと崩れていく。その狭間をChangのヴォーカルが亡霊のように漂い、楽曲は虚無と死後の世界を彷徨う“不死者”を思わせる奇妙な場所へと聴き手を連れていく。
「My fantasy space is a death bed(私の幻想の場所は、死の床)」
曲の最後に置かれたこの言葉は、単なるダークなイメージではない。死と再生、神秘と不可知、幻想と欲望、自己と他者。その境界線を曖昧にしていくアルバムの思想そのものが、すでにこの一曲の中に埋め込まれている。
100年前のピアノから生まれた、11篇の告白
『been thinking bout confession』でChangは、普段使っているギターをほとんど脇に置き、11曲の大部分を100年前のベビー・グランド・ピアノで書いた。彼女はピアノを「私の精神における女性的な根」と表現している。
その古いピアノを中心に、スプリング・リヴァーブ、ヴィンテージ・コンプレッサー、チューブ・プリアンプといったアナログな質感と、明らかに現代的なデジタル・プロセッシングが奇妙に共存する。さらにストリングスやバンド・アンサンブルが加わることで、ベッドルームで生まれた極めて私的な感情が、時にオペラのような巨大なスケールへと膨張していく。
そのサウンドには、Björkの異世界的な美しさやBroadcastのレトロフューチャーな夢想性が滲む一方、Changが感情的な骨格を形成するうえで挙げるのは、Chet Baker、Dionne Warwick、Burt Bacharachといった意外な名前だ。
つまりここで鳴っているのは、単純なエクスペリメンタル・ポップではない。過去と未来、アコースティックと電子音、映画音楽とベッドルーム・レコーディングが、同じ時間軸の上で衝突する音楽なのだ。
映画のように音楽を作るということ
Frances Changの音楽を理解するうえで、映画は重要なキーワードになる。
シカゴで移民の両親のもとに生まれたChangは、幼少期から映画や文学、ゲームの世界に強く惹かれてきた。とりわけ中世風RPG『King’s Quest』で体験した、デジタル世界のほうが現実よりも広大に感じられるという感覚は、本作の世界構築にも深く入り込んでいるという。
『been thinking bout confession』をChang自身は「デジタルとフィジカルのあいだにある視点の、ある種の入れ子構造」と表現する。
その言葉通り、アルバムの中では現実と幻想、記憶と創作の境界が何度も反転する。ピアノ・バラードだと思っていた曲が突如として異形の電子音に侵食され、浮遊していた歌声が次の瞬間には鋭利な存在感をもって眼前に迫る。
曲は「楽曲」というより、映画の場面のように移り変わっていく。
ただし、そこに明快なプロットはない。あるのは、自分自身を理解しようとしては逃げ、再び近づいていくひとりの人間の意識だ。
告白する相手は、神ではなく自分自身
アルバム・タイトルにある“confession=告白”もまた、本作を貫く大きなモチーフだ。カトリックにおける告解には、罪を聞き届ける司祭という存在が必要になる。しかし『been thinking bout confession』における告白には、明確な聞き手が存在しない。ここで告白を受け取るのは、結局のところ自分自身なのだ。
避け続けてきた記憶や感情と向き合いながら、自己理解へ近づいては後退する。その極めて個人的な清算を、リスナーは偶然盗み聞きしているかのような感覚に置かれる。
そして、その親密さを決定づけているのがChangの声だ。柔らかく、それでいて奇妙なほど乾いたヴォーカルは、しばしば他の楽器よりも前面に置かれる。まるで映画のクローズアップのように、逃げ場がないほど近い。ここにあるのはスペクタクルではない。顔のアップであり、呼吸であり、言葉になる直前の感情だ。
音で撮影された“意識の成長映画”
アンダーグラウンド・バンドGiant Peachでパンク、エモ、ポスト・ハードコアの現場を経験したのち、Changは実験音楽、スポークン・ワード、インストゥルメンタル作品などを発表。2022年には本名名義初のソング・アルバム『support your local nihilist』、2024年には『Psychedelic Anxiety』をリリースした。
同時にフィルム・コンポーザーとしても活動し、『Where Can We Be Found?』『Sunset Seduction』などでは、ドローンやミュージック・コンクレート的な音響の中に旋律を忍び込ませてきた。そうしたキャリアが『been thinking bout confession』ではひとつにつながっている。
映画的なスケールとベッドルームの親密さ。オーケストラルな高揚と、壊れかけた電子音。フィジカルとデジタル。記憶と録音。告白と回避。相反するものが何層にも折り重なりながら、アルバムはひとりの人間の意識そのもののように揺れ続ける。夜の海に浮かぶ月の光は美しい。しかし、その銀色の表面の下には、底の見えない暗闇が広がっている。『been thinking bout confession』もまた、そんな作品なのかもしれない。
Frances Changの歌声を小さな蝋燭の光として、私たちは自己という巨大で不確かな洞窟へ入っていく。そこで待っているのは明快な答えではない。欲望、記憶、死、幻想、自己欺瞞、そして時折訪れる痛いほどの透明さだ。これは単なる告白のアルバムではない。ひとりの人間が自分自身という未知の存在を発見していく過程を、音として撮影した“意識の成長映画”なのである。

『been thinking bout confession』は2026年8月21日、RVNG Intl.よりリリース。日本ではPLANCHAから独自CD化され、解説・歌詞・対訳の収録が予定されている。
