死んだ妻は、なぜ“掃除機”になって帰ってきたのか ── カンヌを震わせたタイ発の異形ラブストーリー『ユースフル・ゴースト』が日本上陸

カンヌ批評家週間グランプリ受賞、タイ映画の現在地を更新する一作

2025年、第78回カンヌ国際映画祭〈批評家週間〉にてグランプリを受賞し、さらにアカデミー賞国際長編映画賞ショートリスト入りも果たした『ユースフル・ゴースト』が、2026年7月10日より全国公開される。配給は映画レビューサービスFilmarksによるレーベル「SUNDAE」。

本作は、タイ映画として同部門初選出にして最高賞を獲得した歴史的快挙を成し遂げた作品。アピチャッポン・ウィーラセタクン以降も独自の進化を続けてきたタイ映画の新たな到達点として、世界中の批評家から熱視線を浴びている。

監督は、本作が長編デビューとなるラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク。ジャンルに収まらないその作家性は「驚くほど独創的」と評され、すでに国際的な評価を確立しつつある。

“掃除機に憑依した妻”という奇想から始まる、愛と抵抗の物語

物語はあまりにも奇妙で、そしてどこか切実だ。亡くなった妻が、掃除機に宿ってこの世に戻ってくる ── 。

タイの有名な怪談「メー・ナーク・プラカノーン」に着想を得た本作は、このユニークな設定を起点に、単なる奇譚にとどまらない広がりを見せていく。記憶と忘却、個人と社会、そして“役に立つ存在”であることの意味。

コメディ、ロマンス、ホラー、SFといった複数のジャンルを軽やかに横断しながら、環境問題や労働、政治的抑圧といった現代社会の歪みに切り込むその語り口は、観る者の価値観を静かに揺さぶる。

ジュリア・デュクルノーの身体性、ウェス・アンダーソンの美学、そしてアピチャッポン的マジックリアリズム。そのすべてを思わせながら、どこにも属さない唯一無二の映画体験がここにある。

ティザー解禁、不気味でユーモラスな“彼女”の姿

公開にあわせて解禁されたティザービジュアルと特報では、掃除機として蘇った妻・ナットの存在が印象的に描かれる。

薄暗い部屋の片隅で、まるで意思を持つかのように光る掃除機。そのデザインは、実際にプロダクト制作の経験を持つデザイナーが手がけたもので、「実用性とバカバカしさの融合」という監督のオーダーから生まれた。

どこかお辞儀をしているようなフォルムは、彼女が“敵ではない存在”であることを示唆する。だが同時に、その異様さは観る者の不安と好奇心を刺激する。

愛する人を失った男と、姿を変えて戻ってきた妻。二人の関係は、果たしてどこへ向かうのか。

ダビカ・ホーンが挑む、新たな“ゴースト像”

主演を務めるのは、“アジアの奇跡”とも称されるダビカ・ホーン。Instagramフォロワー1800万人超を誇る彼女は、かつて『愛しのゴースト』でメー・ナーク役を演じ一躍スターダムに上り詰めた。

本作では一転、“掃除機に宿る幽霊”という前代未聞の役どころに挑戦。その圧倒的な存在感と繊細な演技によって、観客に強烈な印象を残す。

共演にはウィサルット・ヒンマラット、アパシリ・ニティポンら実力派が揃い、現実と幻想の境界を曖昧にする物語に確かなリアリティを与えている。

“ホコリ”という言葉が示す、もうひとつの意味

本作の舞台となるのは、粉じん公害が深刻化するタイ・バンコク。ここで重要なモチーフとなるのが“ホコリ”という言葉だ。

タイ語においてホコリは、単なる粒子を指すだけでなく、現代のスラングでは「取るに足らない存在」「使い捨てられる人間」といった意味を持つ。

監督は語る。「霊もホコリも、本来いるべきでない場所に現れる存在」。だからこそ、ホコリを吸い取るための掃除機に幽霊が宿るという設定は、極めてアイロニカルだ。

声を持たない者たち、忘れ去られる存在たち。その“記憶”こそが、世界に対するささやかな抵抗となる。

愛は“役に立つ”ことで証明されるのか

最愛の妻を亡くした男。掃除機として戻ってきた妻。そして、幽霊に取り憑かれた工場。

物語はやがて、個人的な愛の物語から、社会そのものを揺るがす出来事へと拡張していく。妻は、自らが“役に立つ幽霊”であることを証明しようとするが、その先に待つものとは ── 。

すべてが結びつくラストには、驚きと深い余韻が用意されている。

奇妙で、美しく、そして鋭い。『ユースフル・ゴースト』は、いま最も更新されるべき“ゴーストストーリー”のかたちを提示する一作だ。

作品情報】

『ユースフル・ゴースト』
監督・脚本:ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク
出演:ダビカ・ホーン、ウィサルット・ヒンマラット、アパシリ・ニティポン、ワンロップ・ルンカムチャット、ウィサルット・ホームフアン ほか
2025|タイ語、英語、イサーン語|タイ、フランス、シンガポール、ドイツ|130 分|英題:A Useful Ghost|字幕翻訳:橋本裕充
配給・宣伝:SUNDAE(Powered by Filmarks)
© 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.

ストーリー
粉じん公害が深刻化するタイ・バンコク。最愛の妻・ナット(ダビカ・ホーン)を呼吸器疾患で亡くしたマーチ(ウィサルット・ヒンマラット)は悲嘆に暮れる⽇々を送っていた。ある⽇、ナットの魂は掃除機に宿るかたちで舞い戻り、 ふたたび愛を確かめ合う⼆⼈。その頃、マーチの家族が経営する⼯場では、 死亡した従業員の霊が機械に取り憑き、 操業停⽌に追い込まれていた。 霊に悩まされる家族や社会から拒絶されたナットは、 ⼯場の除霊に協⼒することで、 夫への真実の愛そして⾃らの存在を“役に⽴つ幽霊”だと証明しようとするが……。

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