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[連載]JPOPと旅する:夕闇のホームに降りる歌 ── 西島三重子「池上線」と郊外の記憶
「池上線」(1976,Sg)は、1970年代の東京を背景に、郊外と都心を結ぶ私鉄沿線の情景と、そこで生きる人々の感情を繊細に描いた名曲である。歌い手である西島三重子は、派手な都市の輝きではなく、日常の隙間に宿る感情を丁寧に掬い上げることで、この楽曲を... -
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[響き合うコーヒーと音楽の世界]第39回:シグリ
こんにちは、リトル・パウです。本日ご紹介するのは、南太平洋の島国、パプアニューギニアの至宝「シグリ」です。 パプアニューギニアのワギ渓谷、その恵まれた土壌と標高で育つ「シグリ」は、世界中のコーヒー愛好家から「楽園のコーヒー」と称されます。... -
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[踊る人類学〜音楽はなぜ生まれ、なぜ消えないのか]第二回:悲しみはなぜ歌になるのか
ブルース、演歌、ファド、レベティコ ── 世界の哀歌が教えてくれること 人は幸せだから歌うのではない。むしろ逆だ。歌わなければ生きられないほど悲しいから、人は歌う。失恋した夜。故郷を失った日。大切な人が帰らなくなった朝。人生が思い通りにならな... -
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[音楽と記憶のバグ~あの曲は、なぜ過去を再生するのか]第4回:なぜ“中学時代に聴いていた音楽”は一生残るのか
あの頃の曲だけ、時間を無視してくる 久しぶりに聴いた曲なのに、イントロだけで教室の匂いまで思い出すことがある。窓際の席とか、ワックスの匂いが混ざった体育館の空気とか、夕方のチャイムとか。 驚くのは、その鮮明さだ。昨日の昼に何を食べたかは曖... -
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[連載]JPOPと旅する:「神田川」によっての東京イメージ—フォークが描いた青春の影
「神田川」(1973,Sg)は、日本のJ-POP史において「東京の歌」として最も広く共有された楽曲のひとつである。歌ったのはかぐや姫、作詞・作曲は南こうせつと伊勢正三。高度経済成長の終盤にあたる1970年代初頭、この楽曲は「都市で暮らす若者のリアル」を、... -
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[妄想コラム]もし世界が432Hzだったら──音楽はもっと夜に近づいていたのかもしれない
音楽には不思議な力がある。たった一つのコード進行で涙がこぼれ、たった一つのリズムで身体が動き出す。そして時には、わずかな音程の違いが世界そのものの見え方を変えてしまうこともある。 近年、「432Hz」という言葉を耳にする機会が増えた。標準的な... -
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[連載]JPOPと旅する:米津玄師「Lemon」MVロケ地論 ── 東京の教会建築が生んだ「記憶の舞台」
「Lemon」(2018,Sg)は、米津玄師の代表作として広く知られるが、そのミュージックビデオは、楽曲の解釈を決定づける重要な要素として「場所」の力を最大限に活用している。近年の検証により、このMVが東京都内の教会建築を基盤に撮影されていることが明... -
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[響き合うコーヒーと音楽の世界]第38回:モカサナニ
こんにちは、リトル・パウです。今回ご紹介するのは、時を超えて愛され続けるコーヒーの原風景、イエメンの「モカサナニ」です。 イエメンのコーヒー栽培では、数百年にわたり受け継がれてきた伝統的な栽培/乾燥文化が今なお色濃く残っています。乾燥した... -
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[踊る人類学〜音楽はなぜ生まれ、なぜ消えないのか]第一回:なぜ人は踊るのか?
1万年前の焚き火からベルリンのクラブまで 土曜の深夜、フロアの照明が落ちる。キックドラムが鳴る。誰かが両手を挙げる。その動きは伝染するように広がり、やがて何百人もの身体が同じリズムに揺れ始める ── 私たちはなぜ踊るのだろう。踊ることに意味は... -
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[音の地球儀]第29回 ── 回転する意識:トルコ、スーフィーの音楽と恍惚の円環
民族音楽は、その土地の暮らしや風土、信仰、歴史を音に刻み込んだ、人類の“声”である。電子音が世界を席巻する今もなお、世界各地には太鼓や笛、声と手拍子だけで継承されてきた音楽文化が息づいている。この連載では、アフリカのサバンナからアジアの山...
