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らくがき音楽論 VOL.3:コレサワ
コレサワはシンガーソングライターである。ライブの時以外、メディアでは顔出しをしておらず、MVやCDのジャケット写真、アーティスト写真など、彼女の代わりに姿を見せているのは「れ子ちゃん」というくまのキャラクターだ。 顔を出さずに活動しているのに... -
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[連載]JPOPと旅する:黄昏の郊外が語るもの ── スピッツ「大宮サンセット」と「弱い場所性」の都市論
1.場所から生まれた歌 「大宮サンセット」(2001年、Sgカップリング曲)は、スピッツの楽曲群の中でも、その成立過程において特異な位置を占める作品である。一般的にポップソングは、アルバム制作やシングル展開といった計画的な枠組みの中で構想される。... -
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[人はなぜ、バンドに惹かれるのか。]第2回:完璧の先で、人は誰かを求める。
音楽制作は、かつてないほど自由になった。ノートPC一台でオーケストラを鳴らし、AIは数秒でコード進行やメロディを提案する。DJはたった一人で何千人ものフロアを熱狂させ、世界中を旅することができる。効率だけを考えれば、もう誰かと演奏する理由など... -
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[響き合うコーヒーと音楽の世界]第42回:セラーノスーペリア
こんにちは、リトル・パウです。本日ご紹介するのは、カリブ海に浮かぶ美しい島国キューバから届いた、情熱と洗練が同居する至高の銘柄「セラーノスーペリア」です。 カリブ海の豊かな陽光と、シエラマエストラ山脈のミネラル豊かな土壌に育まれたキューバ... -
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[連載]JPOPと旅する:川を越える記憶 ── スネオヘアー「Over the River」と川越市の都市感覚
1. 境界としての「川」、余白としての都市 「Over the River」(2003年、Sg)というタイトルが喚起するのは、単なる地理的移動ではない。「川を越える」という行為は、境界の横断であり、時間や記憶の層をまたぐ感覚そのものを象徴している。こちら側とあ... -
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[音楽と記憶のバグ〜あの曲は、なぜ過去を再生するのか]最終回:音楽は、時間を保存できるのか ── 再生ボタンの向こう側にあるもの。
音楽を聴いているとき、人は何を聴いているのだろう。メロディだろうか。歌詞だろうか。リズムだろうか。もちろん、それもある。でも、この連載を書きながら何度も思った。僕らが本当に再生しているのは、音楽ではない。もっと別のものだ。夜道だった。誰... -
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[音楽語源探偵団]Vol.27:ディスコって、誰が言い出しっぺなの?
「踊る場所」は、もともと踊る場所ではなかった。 「ディスコ」という言葉を聞くと、あなたは何を思い浮かべるだろう。ミラーボール。ギラギラした照明。ラメのスーツ。Bee Geesの「Stayin' Alive」。あるいは映画『サタデー・ナイト・フィーバー』のジョ... -
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[踊る人類学〜音楽はなぜ生まれ、なぜ消えないのか]第五回:世界はまだ知らない音楽で溢れている
エチオピア、ギリシャ、アンゴラ、インドネシア ── 音楽は人類最後の秘境である 私たちは音楽を知った気になっている。スマートフォンを開けば何千万曲もある。Spotifyが推薦してくれる。YouTubeが次の曲を教えてくれる。SNSには毎日新しい音楽が流れてく... -
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[連載]JPOPと旅する:郊外都市のアイデンティティを歌う ── 爆風スランプ「KASHIWAマイ・ラブ ~ユーミンを聞きながら~」
1.柏という「中間都市」 ── 流動性が生むアイデンティティ 千葉県の柏市は、首都圏郊外に位置する典型的な「中間都市」である。だがその「典型性」は、単なる均質性ではない。むしろ柏という都市の特質は、絶え間ない人の移動によって形づくられてきた点に... -
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[人はなぜ、バンドに惹かれるのか。]第1回:世界最古のバンドは、まだ名前を持っていなかった。
世界中の楽器が消えたとしても、人はきっと音楽をやめない。机を叩き、手を叩き、足を踏み鳴らし、誰かの声に自分の声を重ねるだろう。音楽とは「音」ではなく、「誰かと鳴らす」という行為だからだ。 AIは一瞬で曲を生み出し、ノートPC一台で世界中へ配信...
