
土曜の深夜、ダーバンの乗り合いタクシー乗り場。並んだ車は屋根まで届く巨大なサウンドシステムで低音を競い合い、車内にディスコライトを灯す一台もある。客を呼ぶための宣伝であり、そのまま「走るミニクラブ」でもあるその音楽が、「ゴム(Gqom)」だ。
タウンシップには許可を持たない即席のクラブも多く、そこで夜通し鳴らされるのも同じ音だ。正規の産業の外側で、貧しい街区の若者たちが作り、踊り、広げた。ゴムは最初から、「公式」の外にある音楽だった。
舌打ちのような名前
ゴムという名前は、舌を鳴らすズールー語特有のクリック音で始まり、喉の奥で「オム」と響く。キックドラムが叩きつけられる音の擬音だとされる。生まれたのは2010年代初頭、ダーバン周辺のタウンシップ。アパルトヘイト期に黒人居住区として切り分けられた、あの街区である。
前史はある。ダーバンのDJたちは2000年代に、ヨハネスブルグ発のクワイトを約125BPMまで加速させ「ダーバン・クワイト」を生んだ。伝統的なクワイトが95〜105BPM程度だったのに対し、この跳ね上がりが、ダーバンという街の個性を決定づけた。そこに2011年頃、南アフリカで広がっていたトライバル・ハウスが流れ込む。DJ Lagの回想では、当初ゴムを作っていたのはダーバン中でもNaked Boyz、Rudeboyz、自分たちなど、わずか5人ほどだったという。DJ Lagは、Naked Boyzの「Ithoyizi」を、南アフリカで最初に流行したゴムの曲と位置づけている。クレアモント出身のLagは、ゴムは何よりダンサーのために作られた音楽だと語っている。
Rudeboyz「Yebo」feat. TDK Macassette(2017年)
ゴムの草創期を担ったパイオニアの一組。鋭いシンセが重いドラムに絡む。
四つ打ちを壊した音
ゴムの最大の特徴は、ハウスの根幹である四つ打ちを自ら壊したことだ。キックは2つか3つのグルーヴに崩され、ミニマルな反復と、歪んだ低音、短く刻まれた掛け声が支配する。BPMは120〜130前後とハウスと変わらないのに、体感はまるで違う。重く、暗く、前につんのめる。ハイパーダブの創設者コード9は、この音を、ブラックホールの重力場の上に宙吊りにされているような感覚にたとえている。
制作環境も過酷だった。若いプロデューサーたちは海賊版のFruityLoopsを使い、家庭用パソコンでビートを組んだという。低ビットレートの圧縮音源で広まるため、歪みや粗さまでがこの音の魅力になった。
DJ Lag「Umshudo」
DJ Lag自身が、セットの冒頭にかけると客席が沸くと語る一曲。
タクシーという配信網
ゴムの拡散はストリーミングより先に、ミニバスタクシーとスマートフォンで起きた。DJ Lagによれば、一番音のいいタクシーを探してCDやUSBを無料で渡し、そこで鳴れば街中に広まった。KasiMP3などのファイル共有サイトにリンクを貼り、WhatsAppやBluetoothで拡散する。レーベルも、メディアも、許可を持つクラブさえも通さない回路だ。タクシーで鳴れば、その曲はヒットしている証拠。DJ Lagはそう語る。タクシーは単なる移動手段ではなく、ダーバンの音楽流通そのものを担うインフラだった。
Distruction Boyz「Omunye」feat. Benny Maverick & Dladla Mshunqisi(2017年)
ダーバンの海沿いの路線で繰り返し流れていたと当時報じられた、国民的ヒット。
先にヨーロッパが発見した
この音を最初に評価したのは、国内の主流メディアではなく海外だった。ローマのレーベルGqom Oh!はタクシー文化を記録したドキュメンタリー『Woza Taxi』とともにコンピレーションを出し、ロンドンのGoon Club AllstarsやHyperdubも続いた。2016年末、DJ LagのEPがGoon Club Allstarsから出る。収録曲「Ice Drop」は本人が17歳の頃に書いたもので、2013年頃の曲だ。ヨーロッパの耳が、ダーバンの路上の音に追いついた形になる。2019年にはビヨンセ『The Lion King: The Gift』にも参加し、DJ Lagは世界の舞台に立つ。
だが成功には影もあった。後に、will.i.amらの楽曲「Culture」が「Ice Drop」を無断で使ったとの批判が起き、will.i.am側が謝罪、楽曲は配信から外され、和解金も支払われたと報じられている。路上で生まれた音が、権利という面でも世界の標的になった。
DJ Lag「Ice Drop」(2016年EP収録/2013年頃の作)
ロンドンのGoon Club Allstarsから出たEPの代表曲。ビデオはKwaDabekaとClermontで撮影された。
誰のものか、という戦い
2017年、状況が反転する。KwaMashu出身のDistruction Boyzが「Omunye」で国内チャートを席巻し、デビュー作『Gqom Is The Future』は史上初のゴールド認定ゴムアルバムとなった。2018年のSAMAではレコード・オブ・ザ・イヤーを受賞し、MTV EMAのBest African Actにもノミネートされる。同時期、「Wololo」で知られるBabes Wodumoも「ゴムの女王」を自称して頭角を現し、ゴムは国内の主流へと進出していった。DJ Tira率いるAfrotainmentなど業界の大物も、この音を取り込み始めた。
ただ、この主流化には複雑な視線も向けられた。ヨーロッパで評価されたあとで国内の大手が飛びつく構図に、アフリカの音楽メディアは「その裏にある政治」を指摘している。タウンシップの若者が作った音が、遅れて産業に回収されていく。
ここで浮かぶのが、「ゴムは誰のものか」という問いだ。Distruction Boyz自身、自分たちが創始者ではなく、先人がいたと語っている。ストリートが生み、ヨーロッパが見つけ、国内の産業が後から洗練させる。この順序のねじれこそ、アフリカ発の音楽を地政学で読む二つ目の鍵だ。
大手レコード会社も本格的なスタジオも介さず、海賊版ソフトとタクシーとWhatsAppだけで世界に届いた音楽。それは都市のインフラが届かない場所で、人々が自前の流通網を発明した記録でもある。
Babes Wodumo「Ganda Ganda」feat. Mampintsha & Madanon(2017年)
「ゴムの女王」を自称するBabes Wodumoの一曲。OkayAfricaが2017年のゴム楽曲の一つに選んだ。
次回は同じ南アフリカでも、ダーバンとは対照的な都市から生まれたアマピアノ(Amapiano)を取り上げる。

Jiro Soundwave:ジャンルレス化が進む現代音楽シーンにあえて一石を投じる、異端の音楽ライター。ジャンルという「物差し」を手に、音の輪郭を描き直すことを信条とする。90年代レイヴと民族音楽に深い愛着を持ち、月に一度の中古レコード店巡礼を欠かさない。励ましのお便りは、どうぞ郵便で編集部まで──音と言葉をめぐる往復書簡を、今日も心待ちにしている。







