[音楽と〇〇]香りと音が重なるとき ── 音楽珈琲ライター“リトル・パウ”が語る“味わう時間”

VETHELの特集企画「音楽と〇〇」は、音楽と寄り添うさまざまなサブカルチャーとの交わりを探るインタビューシリーズ。〇〇はアートやゲーム、漫画、映画、ガジェット、建築、グルメ、旅行、乗り物、スポーツ、アウトドア……など何でもあり。音楽とその界隈の関係を語っていただきます。今回のゲストは?

「一杯のコーヒーと一曲の音楽が、人生の質を変えることがある」── そう語るのは、“音楽珈琲ライター”というユニークな肩書を持つリトル・パウさん。休日の朝、父のかけたレコードとともに漂ったコーヒーの香り。その原体験から始まった“音と香り”の探求は、やがて「朝にノラ・ジョーンズと浅煎りエチオピア」「夜にビル・エヴァンスとデカフェ・マンデリン」など、暮らしに寄り添う小さな芸術を編み出すことに。音楽を聴くように豆を選び、コーヒーを味わうようにレコードを針に乗せる ── そんな日々の美しい儀式について、そして“音楽とコーヒー”がこれからの時代に果たす役割について、じっくりと語ってもらった。心と感覚をほどくための、香り高いインタビュー。

リトル・パウ:音楽が生活の中心にあるライター。日々の暮らしの中で、音楽をより豊かにしてくれる素敵なものとの出会いを大切にしています。
コーヒー、ウイスキー、そして猫が好き。これらは私の創作活動に欠かせないインスピレーションの源です。心に響く音色とともに、
皆さんの日常に彩りを添える情報をお届けできたら幸いです。
目次

両者に共通する美学は、「奥行きと余韻」

VETHEL “音楽とコーヒー”が結びついた、最初の記憶はいつですか?

リトル・パウ  “音楽とコーヒー”が結びついた最初の記憶は、幼いころ、父が休日の朝にリビングでレコードをかけ、挽きたてのコーヒーを淹れていた風景です。静かにレコードの針が落とされ、深い音色が部屋を満たし、同時にコーヒーの香ばしい匂いが漂ってくる。その穏やかで満たされた空間こそが、私にとっての原体験であり、この二つが自然と心地よいものとして心に刻まれた瞬間だったと思います。

VETHEL 朝に聴く音楽と夜に飲むコーヒー、それぞれのベストな組み合わせを教えてください。

リトル・パウ 朝に聴く音楽は、軽やかで希望に満ちたアコースティックなサウンドが好みです。たとえば、ノラ・ジョーンズのような落ち着いたボーカル曲や、インストゥルメンタルのジャズ。これに、クリアでフルーティーな浅煎りのエチオピア産コーヒーを合わせるのがベストです。夜に飲むコーヒーは、カフェインレスの深煎りマンデリンが定番です。どっしりとしたコクと香りが、一日の終わりをゆったりと締めくくってくれます。そこに、ビル・エヴァンスのような内省的で美しいピアノジャズを静かに流すと、心が落ち着き、穏やかな気持ちで眠りにつくことができます。

VETHEL 音楽とコーヒー、どちらも“味わう”行為です。両者に共通する美学とは何でしょうか?

リトル・パウ 両者に共通する美学は、「奥行きと余韻」だと考えています。音楽は、一音一音の響きが重なり、時間の経過とともに物語を紡ぎ、やがて心に残る余韻を残します。コーヒーもまた、一口ごとに異なる風味が広がり、舌の上で複雑な変化を見せ、最後に口の中に心地よい余韻を残します。どちらも、単なる消費ではなく、五感を使い、時間をかけて向き合うことで、その真価と奥深さを「味わう」ことができる点に、共通の美学があると思います。

豆選びもレコード選びも楽しい儀式のようなもの

VETHEL 音楽を聴くようにコーヒーを飲む。そんな瞬間ってありますか?

リトル・パウ まさに、それが私の日常です。特に新しいコーヒー豆を開封する時や、特別な一杯を淹れるときは、まるで初めての曲を聴くように集中して味わいます。香りの立ち上がり、口に含んだ時のファーストアタック、中盤のボディ感、そして消えゆく余韻。それらすべてが、まるで楽曲の構成要素のように感じられ、五感でそのストーリーを追体験しているような瞬間が多々あります。

VETHEL レコードを選ぶように、その日の気分で豆を選ぶ。そんな日常はありますか?

リトル・パウ はい、まさにその通りです。レコードを棚から選び出すように、その日の気分や天候、あるいはこれから何をするかによって、自宅のストックの中からコーヒー豆を選びます。雨の日はマンデリンのような深みのある豆を、晴れた日はイルガチェフェのような華やかな豆を。時には、その日のプレイリストに合う豆を選ぶこともあります。レコード選びも豆選びも、その日の自分に寄り添う最良の選択を探す、楽しい儀式のようなものです。

VETHEL ご自身が選ぶ“ジャズに合う豆”、“テクノに合う抽出法”など、ジャンル別のおすすめがあれば教えてください。

リトル・パウ 

  • ジャズに合う豆: 深煎りのコロンビアやブラジルがオススメです。深く落ち着いたコクと、少しのビターさが、ジャズの持つ大人の雰囲気や、楽器の響きとよく合います。
  • テクノに合う抽出法: 急速抽出のエアロプレスが良いでしょう。クリアでキレのある抽出は、テクノのリズム感やクリアな音像にフィットします。豆は、キレのある酸味と爽やかさを持つ中煎りのケニアなどが面白いでしょう。
  • クラシック(オーケストラ)に合う豆: やや深煎りのブレンドで、複雑な香りとバランスの取れたコクを持つものがおすすめです。オーケストラの重厚なハーモニーに負けない存在感がありつつ、調和の取れた一杯が、壮大な音の世界に寄り添います。

もし「音楽喫茶リトル・パウ」を開くなら、最初にかける1曲は?

VETHEL これまで飲んだ中で、“これは音楽だ…”と思った一杯があれば、ぜひ教えてください。

リトル・パウ 数年前、ある焙煎所で出会った「ゲイシャ種」の一杯は、まさに「音楽だ…」と感じました。口に含んだ瞬間、柑橘系の明るいトップノートが弾け、次にフローラルな香りが広がり、やがてハチミツのような甘みが優しく残る。まるで、オーケストラの楽曲のように、異なるフレーバーが順番に現れては重なり合い、最後には感動的なハーモニーを生み出していました。その一杯は、味覚だけでなく、視覚や聴覚にも訴えかけるような、まさに五感で体験する音楽でした。

VETHEL もし“音楽喫茶リトル・パウ”を開くなら、最初にかける1曲と淹れる1杯は何ですか?

リトル・パウ もし「音楽喫茶リトル・パウ」を開くなら、最初にかける1曲は、おそらくビル・エヴァンスの「Waltz for Debby」でしょう。穏やかで美しいピアノの旋律が、店の空気を優しく包み込み、訪れる人々に安らぎと期待感を与えるはずです。そして淹れる1杯は、深煎りの「ブラジル」ですね。誰もが親しみやすい、しっかりとしたコクとナッツのような香ばしさがあり、初めての方でも安心して「おかえりなさい」と感じられるような、温かい一杯を提供したいです。

人々は「立ち止まって、自分自身と向き合う時間」を求めている

VETHEL 取材や執筆で煮詰まったとき、どんな音楽とコーヒーでリセットしますか?

リトル・パウ 取材や執筆で煮詰まった時は、まず一旦PCから離れ、部屋の明かりを少し落とします。そして、深煎りのグアテマラをフレンチプレスでじっくりと淹れ、それに合わせてアンビエントやミニマルミュージックを静かにかけます。特に、ブライアン・イーノの作品のような、音と空間が一体となるような音楽は、思考をクリアにし、心をニュートラルな状態に戻してくれます。コーヒーの深い香りと、音の波に身を委ねることで、凝り固まった思考がほぐれていくのを感じます。

VETHEL 最後に、“音楽とコーヒー”というテーマがこれからの時代に持つ意味とは何だと思いますか?

リトル・パウ “音楽とコーヒー”というテーマは、これからの時代において、ますます重要な意味を持つと確信しています。情報過多で、常に新しい刺激にさらされる現代において、人々は「立ち止まって、自分自身と向き合う時間」を求めているのではないでしょうか。音楽もコーヒーも、まさにそのための素晴らしいツールです。五感を研ぎ澄まし、目の前の一杯や耳に届く音色に集中することで、私たちは日常のささやかな瞬間に、深い喜びや安らぎを見出すことができます。それは、心の豊かさを育み、ウェルビーイングを高める上で不可欠な行為です。この連載を通じて、多くの人々がそうした「上質で心地いい」時間を見つける手助けができれば、これ以上の喜びはありません。

リトル・パウ連載[響き合うコーヒーと音楽の世界]

Interview & Text : VETHEL

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