[連載]JPOPと旅する:『桜舞う小田急線の青春 ── いきものがかり「SAKURA」が描いた海老名・厚木の原風景』

いきものがかりの「SAKURA」は、単なる卒業ソングでも恋愛ソングでもない。この楽曲には、小田急線沿線で青春を過ごした若者たちの記憶が刻み込まれている。そしてその中心にあるのが、神奈川県の海老名市と厚木市である。

メジャーデビュー曲として2006年に発表された「SAKURA」は、全国的には“桜の季節の定番曲”として知られている。しかし地域文化の視点から見れば、この曲は海老名・厚木という二つの都市が生んだ「ご当地ソング」の傑作でもある。本稿では、「SAKURA」と海老名・厚木の関係を5章構成で考察してみたい。

「SAKURA」は海老名・厚木から生まれた

いきものがかりは1999年に結成された。メンバーのうち、吉岡聖恵は厚木市出身、水野良樹と山下穂尊は海老名市出身である。彼らはデビュー以前、本厚木駅前や海老名駅前を中心に路上ライブを続けていた。後に数万人を動員する国民的グループとなる彼らだが、その原点は小田急線沿線の駅前広場にあった。

当時の海老名駅周辺は現在ほど大規模開発が進んでおらず、若者文化の発信拠点として機能していた。特に駅前エリアはストリートミュージシャンたちが集まりやすい場所であり、いきものがかりもその中から頭角を現した。

一方、本厚木駅は県央地域最大級のターミナルとして、多くの学生や通勤客が行き交う街であった。

「SAKURA」は、そうした日常風景の中から生まれた。華やかな都会ではない。しかし、毎日利用する駅があり、帰宅する電車があり、春になると桜が咲く。その何気ない風景こそが、この曲の世界観を支えているのである。

本厚木駅

小田急線という「主人公」

「SAKURA」を語る上で欠かせないのが小田急線である。楽曲の中には小田急線の情景が描かれていることで知られている。実際、この曲は鉄道ファンからも「小田急線ソング」として認識されている。小田急線は新宿と神奈川県央地域を結ぶ生活路線である。

海老名から本厚木まではわずか一駅。両市は行政上は別の自治体だが、生活圏としては密接につながっている。高校へ通う。アルバイトへ行く。友人と遊びに行く。恋人に会いに行く。その移動を支えているのが小田急線だった。「SAKURA」の世界には、この沿線で青春を過ごした人々の記憶が凝縮されている。

だからこそ、全国のリスナーにとっては普遍的な卒業ソングとして響きながら、海老名や厚木の人々にとっては極めて具体的な「自分たちの歌」として受け止められるのである。また、小田急線沿線には相模川や桜並木など、神奈川県央特有の風景が広がる。楽曲に流れる少し切ない空気感は、都市と郊外の中間に位置する海老名・厚木ならではの感覚ともいえる。東京への憧れ。地元への愛着。進学や就職による旅立ち。そうした感情が桜と電車というモチーフによって表現されているのである。

小田急線

海老名駅に流れる「SAKURA」

海老名と「SAKURA」の関係を象徴する出来事がある。2010年から、小田急線海老名駅の列車接近メロディとして「SAKURA」が採用されたのである。これは単なるタイアップ企画ではなかった。いきものがかり側から「地元への恩返しとして楽曲を提供したい」という思いがあり、小田急電鉄との協力によって実現したとされる。

海老名駅のホームで電車を待っていると、オルゴール調に編曲された「SAKURA」が流れる。初めて訪れた人には駅メロの一つに過ぎないかもしれない。しかし地元住民にとっては特別な意味を持つ。毎日の通学。毎日の通勤。帰宅する夕方。そんな生活の一部として「SAKURA」が鳴り続けている。

つまりこの曲は、単なるヒット曲ではなく、海老名市民の日常風景の一部になったのである。

音楽が地域アイデンティティになる例は多くない。海老名では、それが実現している。駅に降り立った瞬間に流れるメロディが、自分たちの街から生まれた音楽である。これは地域文化資産として極めて価値が高い。

厚木にとっての「いきものがかり」

海老名が「SAKURA」の街だとすれば、厚木は「いきものがかりそのものの街」といえる。本厚木駅前は彼らの路上ライブの重要拠点だった。地元のCDショップやライブハウスは、彼らのインディーズ時代から活動を支えてきた。活動休止時には「厚木の誇り」として惜しむ声が上がったほどである。

また、本厚木駅では「YELL」が接近メロディとして採用されている。海老名が「SAKURA」、本厚木が「YELL」という組み合わせは、彼らの歩みを象徴している。興味深いのは、厚木市民がいきものがかりを単なる有名アーティストとしてではなく、「地元出身者」として受け止めている点である。

多くの地方都市では、全国区のスターが生まれても地域との関係が希薄になることがある。

しかし厚木では違った。彼らが成功した後も、街の人々は「昔、本厚木駅前で歌っていた人たち」として記憶し続けた。そこには地元とアーティストとの強い信頼関係が存在している。

「SAKURA」が描いた県央文化圏

2016年、いきものがかりはデビュー10周年を記念して海老名市と厚木市で大規模な凱旋ライブを開催した。4日間で約10万人を動員し、小田急電鉄も特別列車を運行するなど地域全体が盛り上がった。

この出来事は象徴的だった。なぜなら、いきものがかりが単なる人気アーティストではなく、「海老名・厚木という地域文化圏の象徴」になっていたからである。

神奈川県央地域は、横浜や湘南ほど全国的知名度が高いわけではない。しかし海老名と厚木には独自の生活文化が存在する。ベッドタウンでありながら地域コミュニティが残り、都市性と郊外性が共存する。「SAKURA」は、そうした県央地域の空気感を見事に音楽化した作品だった。だからこの曲は20年近く経った今も色褪せない。桜が咲くたびに思い出される。小田急線に乗るたびに思い出される。

海老名駅のホームで流れるたびに思い出される。そして本厚木駅前を歩くたびに、その原点が想起される。

「SAKURA」は卒業の歌であると同時に、海老名と厚木の青春を記録した地域文化のドキュメントでもある。全国の人々に愛される名曲でありながら、その根には確かに海老名と厚木という二つの街の風景が息づいているのである。

増淵敏之:法政大学文学部地理学科教授、専門は文化地理学。コンテンツツーリズム学会会長、文化経済学会〈日本〉特別理事、希望郷いわて文化大使、岩手県文化芸術振興審議会委員、NPO氷室冴子青春文学賞特別顧問など公職多数。Yahooエキスパートコメンテーター。主な単著に2010年『物語を旅するひとびと』(彩流社)、『欲望の音楽』(法政大学出版局)、2012年『路地裏が文化を作る!』(青弓社)、2017年『おにぎりと日本人』(洋泉社)、2018年『ローカルコンテンツと地域再生』(水曜社)、2019年『湘南の誕生』(リットーミュージック)、2020年『伝説の「サロン」はいかにして生まれたのか』(イーストプレス)、2021年『白球の「物語」を巡る旅』(大月書店)、2023年『韓国コンテンツはなぜ世界を席巻するのか』、2025年「ビジネス教養としての日本文化コンテンツ講座」(徳間書店)など多数。1957年、札幌市生まれ、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、学術博士。NTV映像センター、AIR-G’(FM北海道)、東芝EMI、ソニー・ミュージックエンタテインメントにおいて放送番組、音楽コンテンツの制作及び新人発掘等に従事。

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