JPOPと旅する– tag –
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[連載]JPOPと旅する:『桜舞う小田急線の青春 ── いきものがかり「SAKURA」が描いた海老名・厚木の原風景』
いきものがかりの「SAKURA」は、単なる卒業ソングでも恋愛ソングでもない。この楽曲には、小田急線沿線で青春を過ごした若者たちの記憶が刻み込まれている。そしてその中心にあるのが、神奈川県の海老名市と厚木市である。 メジャーデビュー曲として2006年... -
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[連載]JPOPと旅する:「ROUTE 134」と湘南 ── 国道134号線が結ぶ「夏への道」
杉山清貴&オメガトライブの楽曲群の中でも、「ROUTE 134」は特に湘南との結び付きが強い作品である。 「ふたりの夏物語」や「君のハートはマリンブルー」が海辺の恋愛や季節感を描いた作品だとすれば、「ROUTE 134」は湘南そのものを走る「移動の音楽... -
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[連載]JPOPと旅する:空白の変質としての埼玉 ── 「キラーチューン」と「緑酒」に見る郊外空間の二層構造
1.埼玉という「操作可能な空間」 椎名林檎および東京事変の映像作品において、埼玉は単なる撮影地ではない。それは、都市の意味をいったん剥ぎ取り、再び編成し直すための「操作可能な空間」として機能している。 東京が歴史・消費・メディアの集積によっ... -
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[連載]JPOPと旅する:黄昏の郊外が語るもの ── スピッツ「大宮サンセット」と「弱い場所性」の都市論
1.場所から生まれた歌 「大宮サンセット」(2001年、Sgカップリング曲)は、スピッツの楽曲群の中でも、その成立過程において特異な位置を占める作品である。一般的にポップソングは、アルバム制作やシングル展開といった計画的な枠組みの中で構想される。... -
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[連載]JPOPと旅する:川を越える記憶 ── スネオヘアー「Over the River」と川越市の都市感覚
1. 境界としての「川」、余白としての都市 「Over the River」(2003年、Sg)というタイトルが喚起するのは、単なる地理的移動ではない。「川を越える」という行為は、境界の横断であり、時間や記憶の層をまたぐ感覚そのものを象徴している。こちら側とあ... -
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[連載]JPOPと旅する:郊外都市のアイデンティティを歌う ── 爆風スランプ「KASHIWAマイ・ラブ ~ユーミンを聞きながら~」
1.柏という「中間都市」 ── 流動性が生むアイデンティティ 千葉県の柏市は、首都圏郊外に位置する典型的な「中間都市」である。だがその「典型性」は、単なる均質性ではない。むしろ柏という都市の特質は、絶え間ない人の移動によって形づくられてきた点に... -
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[連載]JPOPと旅する:中途半端であることの強度 ── クリープハイプ「鬼」と津田沼をめぐる考察
1.地名がもたらす現実 ── 「津田沼」という引力 「鬼」は、内面の揺らぎや関係の破綻を描く楽曲でありながら、その語りは当初どこにも固定されない。感情は宙吊りのまま展開し、具体的な場所を拒む。しかし、その流れは「津田沼」という固有名の出現によっ... -
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[連載]JPOPと旅する:関係の終端としての空港 ── 浜田省吾「MIDNIGHT FLIGHT −ひとりぼっちのクリスマス・イブ」論
1.祝祭の裏側にある関係の終焉と楽曲プロフィール 「MIDNIGHT FLIGHT −ひとりぼっちのクリスマス・イブ」は、浜田省吾の代表的バラードのひとつであり、1980年前後の都市的感性を鋭く体現した作品である。タイトルに示された“ミッドナイト・フライト”は... -
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[連載]JPOPと旅する:聖橋から放たれた檸檬 ── さだまさしと御茶ノ水の時間
「檸檬」(1978,Sg)は、さだまさしの代表作であり、喪失と青春の記憶を都市の風景に重ねた作品である。その舞台として浮かび上がるのが、御茶ノ水という街だ。本稿では、歌詞のモチーフと都市の具体的構造を往復しながら、その意味を五つの節で精密に読み解... -
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[連載]JPOPと旅する:夕闇のホームに降りる歌 ── 西島三重子「池上線」と郊外の記憶
「池上線」(1976,Sg)は、1970年代の東京を背景に、郊外と都心を結ぶ私鉄沿線の情景と、そこで生きる人々の感情を繊細に描いた名曲である。歌い手である西島三重子は、派手な都市の輝きではなく、日常の隙間に宿る感情を丁寧に掬い上げることで、この楽曲を...
