[連載]JPOPと旅する:B’zと横浜 ── 「TIME」が描く都市の残響

1.横浜という風景の中のB’z

B’zの楽曲における都市の描写は、東京や大阪のような直接的な地名よりも、感情の風景として機能することが多い。だが、その中で「横浜」という都市は特別な意味を持っている。

横浜は、異国情緒・夜景・港といった視覚的要素だけでなく、「離別」や「再生」のメタファーとして、B’zの楽曲世界に繰り返し姿を見せてきた。特に1992年にリリースされたアルバム『RUN』に収録された「TIME」は、その象徴的な存在である。

稲葉浩志が書いた歌詞には、都市の地名は一切出てこない。しかし、ファンの間では「TIME」が描く情景は「横浜」であるという解釈が根強い。これは、B’zが90年代初頭にライブや撮影で頻繁に横浜を舞台にしていたこと、そして当時のサウンドと映像のトーンが、湾岸都市・横浜の情緒と強く響き合っているためだ。

松本孝弘のギターが生み出す乾いたリフの背後には、埠頭を渡る潮風と高速道路の光が見える。稲葉の声が描くのは、過去を抱えたまま前に進もうとする都市の孤独だ。その孤独は、きらびやかな夜景に覆われながら、どこか取り戻せない時間を思い出させる。まさに「TIME」というタイトルが示す通り、都市の記憶そのものを音楽化した一曲なのである。

2.「TIME」が生まれた1992年という転換点

1992年のB’zは、商業的にも音楽的にも大きな転換期を迎えていた。前年の『IN THE LIFE』がオリコンチャートを席巻し、名実ともにトップアーティストとなった直後、B’zはより生々しい感情表現とライブ志向のサウンドへと舵を切った。その結果生まれたのが『RUN』であり、「TIME」であった。

『RUN』は都会的な洗練と同時に、どこか乾いた寂しさを伴うアルバムだ。その中で「TIME」は、切ないバラードでありながら、疾走感のあるアレンジによって“時間を取り戻そうとする意志”が浮かび上がっている。この楽曲を支えているのは、単なる恋愛の喪失ではなく、90年代初頭という時代の気分そのものだった。バブル経済の崩壊により、都市の輝きが少しずつ退色していく中で、B’zは「都会の孤独」を最もリアルに鳴らした存在となったのだ。

その象徴が横浜である。横浜の街は、華やかであると同時に、どこか哀愁を帯びている。異国の匂いと日本的な郷愁が交差する場所であり、「過去と現在」「愛と別れ」「夢と現実」が入り混じる。その曖昧さが、「TIME」の世界観と完全に一致している。
 つまり、「TIME」は横浜そのものを描いたわけではないが、「横浜的な情緒」を最も的確に表現したB’zの楽曲と言える。

3.稲葉浩志と横浜 ── 大学時代の距離感

稲葉浩志は、岡山県津山市出身でありながら、大学進学で関東に移り住んだ。彼が通ったのは横浜国立大学教育学部だ。この大学時代の経験が、後のB’zの歌詞世界に決定的な影響を与えている。

横浜国大は港北区常盤台に位置し、最寄りの街は横浜駅からやや離れた静かな住宅地だ。しかし、少し足を伸ばせばみなとみらいや山下公園といった港町が広がる。地方から上京した若者が「都会」と“孤独”を同時に感じるには、まさに象徴的な場所だった。稲葉は大学時代、英語教育を専攻しつつ、バンド活動や作詞作曲を始めていた。学問としての言語感覚と、横浜の街で感じた異国的な空気。この二つが、彼の詞の根幹を形づくったと言ってよい。

B’zの歌詞には、時折英語のフレーズが絶妙に混ざる。単なる装飾ではなく、感情の「温度差」や「時間のズレ」を表す道具として機能している。それは、大学時代に英語と日本語の間で「感情の翻訳」を学んだ稲葉ならではの表現法である。

横浜はまた、彼にとって初めて「他者と共に生きる都市」だった。地方出身者の孤独、異文化の入り混じる街、そして新しい音楽が常に流れている港町 ── 。この体験が、B’zの初期作品に漂う「都会の孤独」と「再生の希望」の源泉になった。稲葉の作詞には、恋愛だけでなく「都市に生きることの不安」や「過去と向き合う勇気」が繰り返し描かれるが、その出発点はまさに横浜であった。

4.横浜スタジアムとB’z ── ライブで甦る都市の記憶

B’zにとって横浜は、ライブの舞台としても特別な意味を持つ。横浜では1990年代から何度も公演を行い、観客動員の記録を更新してきた。2008年の「GLORY DAYS」では、デビュー20周年を記念して日産スタジアム公演を開催。過去と現在が交錯するステージで「TIME」が披露された瞬間、会場全体が静まり返った。
 あの曲が持つ「時の断絶」と「再生」の感覚が、20年の歳月を経たB’z自身の軌跡と重なったからだ。横浜スタジアムという開かれた空間は、B’zにとって単なるライブ会場ではない。デビュー前の稲葉が過ごした街の延長線上にあり、B’zが時代とともに進化してきた「証言の場」である。
 「TIME」の歌詞にあるもう戻れない時間への愛惜は、単なる恋愛の別れではなく、「走り続ける者が過去に手を振る瞬間」を描いている。それは、横浜という都市が抱える時間性――文明開化の記憶と未来志向の交錯 ── にも似ている。

横浜 日産スタジアム

5.「TIME」以後の横浜的世界観

「TIME」以降のB’zの作品にも、横浜的な情緒は脈々と流れている。「さよならなんかは言わせない」(1992)も稲葉の大学の卒業式をモチーフにしているとされる。「ザ・ルーズ」も彼の大学時代に歌詞のベースがあると言われている。また「OCEAN」(2005年)ではより直接的に港町の情景が描かれた。B’zの歌詞世界における「港」「夜」「風」「時間」というモチーフは、どこか横浜を背後に感じさせる。そして2020年代、B’zは再び「場所の記憶」と向き合い始めている。ライブツアー「Highway X」(2022年)では、都市を巡る旅のような構成で、「時間と場所を越える」B’zを提示した。

横浜で大学生時代を送った青年が、世界の舞台で音を鳴らしながら、今もあの街の空気を胸に抱いている。その原点が「TIME」にある。

6.結論 ── 横浜が育てた「時の詩人」稲葉浩志

B’zの音楽を貫くのは、「時間」と「都市」の感覚である。そして、その両方の原点が横浜にある。稲葉浩志が学生時代に過ごした横浜は、彼にとって「夢の始まり」であり、「孤独の記憶」でもあった。その感覚が「TIME」という形で結晶化し、以後30年以上にわたってB’zの楽曲世界を支えている。

横浜という都市は、常に変化し続ける。それでも、港に吹く風の中には、90年代のあの切ない夜の匂いが残っている。B’zが歌う「TIME」は、そんな街の呼吸を記録した「都市の詩」なのだ。

増淵敏之:法政大学文学部地理学科教授、専門は文化地理学。コンテンツツーリズム学会会長、文化経済学会〈日本〉特別理事、希望郷いわて文化大使、岩手県文化芸術振興審議会委員、NPO氷室冴子青春文学賞特別顧問など公職多数。Yahooエキスパートコメンテーター。主な単著に2010年『物語を旅するひとびと』(彩流社)、『欲望の音楽』(法政大学出版局)、2012年『路地裏が文化を作る!』(青弓社)、2017年『おにぎりと日本人』(洋泉社)、2018年『ローカルコンテンツと地域再生』(水曜社)、2019年『湘南の誕生』(リットーミュージック)、2020年『伝説の「サロン」はいかにして生まれたのか』(イーストプレス)、2021年『白球の「物語」を巡る旅』(大月書店)、2023年『韓国コンテンツはなぜ世界を席巻するのか』、2025年「ビジネス教養としての日本文化コンテンツ講座」(徳間書店)など多数。1957年、札幌市生まれ、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、学術博士。NTV映像センター、AIR-G’(FM北海道)、東芝EMI、ソニー・ミュージックエンタテインメントにおいて放送番組、音楽コンテンツの制作及び新人発掘等に従事。

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