
杉山清貴&オメガトライブの楽曲群の中でも、「ROUTE 134」は特に湘南との結び付きが強い作品である。
「ふたりの夏物語」や「君のハートはマリンブルー」が海辺の恋愛や季節感を描いた作品だとすれば、「ROUTE 134」は湘南そのものを走る「移動の音楽」である。
作詞の有川正沙子は、歌詞の冒頭から「葉山を抜けたら」「ヨットハーバー」「パシフィック茅ヶ崎」といった湘南の具体的な風景を配置し、国道134号線沿いの景観を鮮やかに描いている。この曲は単なるドライブソングではない。湘南文化の象徴である国道134号線を舞台に、「海へ向かう憧れ」そのものを音楽化した作品なのである。
1.国道134号線という湘南の主役
湘南を代表する風景を一つ挙げるなら、多くの人は海ではなく国道134号線を思い浮かべるかもしれない。国道134号線は、三浦半島から鎌倉、江の島、茅ヶ崎、大磯へと続く海岸道路である。道路のすぐ横に海が広がり、晴れた日には相模湾の向こうに富士山が見える。1980年代、この道路は若者文化の象徴だった。週末になるとスポーツカーやオープンカーが集まり、FMラジオやカセットテープからはオメガトライブやサザンオールスターズが流れていた。『ROUTE 134』は、その時代の空気を丸ごと封じ込めている。
タイトルに地名ではなく道路名を用いたことも興味深い。この曲の主役は海岸ではなく「海へ続く道」なのである。湘南とは固定された場所ではなく、移動することで体験される文化空間である。その象徴が国道134号線だった。

2.葉山 ── 旅の始まり
歌詞は「葉山を抜けたら 風の匂いが変わる」という印象的な一節から始まる。ここで登場する 葉山 は湘南の中でも特別な場所である。御用邸があり、ヨット文化が根付き、どこか洗練された雰囲気を持つ。オメガトライブの音楽に漂う都会的なリゾート感覚は、実は葉山のイメージに近い。
葉山マリーナ周辺を走ると、海の色も風の匂いも変わる。東京湾側から相模湾側へ抜ける瞬間、視界が一気に開けるのである。歌詞の主人公は、その変化を感じながらアクセルを踏み込む。
これは単なるドライブではない。日常から非日常への移行儀式である。東京や横浜で過ごしていた時間を背後に置き、夏の湘南へ入っていく。「ROUTE 134」は、その瞬間の高揚感を見事に描いている。

3.江の島 ── 湘南幻想の中心
歌詞には直接「江の島」という言葉は登場しない。しかし、この曲の世界観の中心には明らかに江の島が存在する。なぜなら国道134号線を語る上で、江の島は避けて通れないからだ。
1980年代の湘南ブームにおいて、江の島は全国の若者にとって憧れの場所だった。雑誌のグラビア、テレビドラマ、音楽番組。そこには必ずと言っていいほど江の島が映っていた。オメガトライブの音楽が全国的な人気を獲得した背景にも、この江の島的イメージがある。海風。夕暮れ。サーフボード。ヨットハーバー。これらはすべて湘南ブランドを構成する要素だった。
「ROUTE 134」は、そのブランドイメージを最も純粋な形で音楽化した作品と言える。歌詞の中に現れるヨットハーバーも、湘南のマリン文化を象徴する風景として機能している。

4.茅ヶ崎 ── 湘南文化の到達点
歌詞後半で登場する「もうすぐ パシフィック茅ヶ崎」というフレーズは、この曲のハイライトの一つである。茅ヶ崎は湘南文化の中心地として知られる。サザンオールスターズの故郷であり、サーフカルチャーの聖地でもある。歌詞に登場する「パシフィック茅ヶ崎」は、当時の湘南を象徴するランドマークとして知られていた。
ここで興味深いのは、葉山から始まった旅が茅ヶ崎へ向かう構造になっていることだ。葉山が洗練されたリゾートなら、茅ヶ崎はより生活感のある湘南である。つまり主人公は、憧れの湘南へ向かうのではなく、湘南の中心へ向かっているのである。
そして「裸足で渡る国道」という表現には、湘南ならではの自由な感覚が凝縮されている。海と道路と街が一体化した独特の風景。それこそが茅ヶ崎の魅力だった。

5.「ROUTE 134」はなぜ湘南の名曲なのか
「ROUTE 134」が今も愛される理由は、単なる夏の歌ではないからである。この曲には湘南という地域文化の本質が刻まれている。湘南とは海ではない。湘南とは道路である。海を眺めながら走ること。風を感じること。どこかへ向かうこと。その移動体験こそが湘南文化の核なのだ。
葉山から始まり、江の島を経て、茅ヶ崎へ至る。国道134号線は単なる交通インフラではなく、湘南という文化空間をつなぐ舞台だった。そしてオメガトライブは、その舞台を音楽として記録した。
『海風通信』が湘南の時間を描いた作品だとすれば、「ROUTE 134」は湘南の空間を描いた作品である。車窓に流れる海。夕暮れのセンターライン。潮風に揺れるTシャツ。遠くに見えるヨットのマスト。
それらは1980年代の湘南だけでなく、現在の湘南にもなお存在している。だからこそ『ROUTE 134』は、単なる懐メロでは終わらない。この曲を聴くたびに、人々は国道134号線を走りながら見た「あの夏の湘南」へと帰っていくのである。

増淵敏之:法政大学文学部地理学科教授、専門は文化地理学。コンテンツツーリズム学会会長、文化経済学会〈日本〉特別理事、希望郷いわて文化大使、岩手県文化芸術振興審議会委員、NPO氷室冴子青春文学賞特別顧問など公職多数。Yahooエキスパートコメンテーター。主な単著に2010年『物語を旅するひとびと』(彩流社)、『欲望の音楽』(法政大学出版局)、2012年『路地裏が文化を作る!』(青弓社)、2017年『おにぎりと日本人』(洋泉社)、2018年『ローカルコンテンツと地域再生』(水曜社)、2019年『湘南の誕生』(リットーミュージック)、2020年『伝説の「サロン」はいかにして生まれたのか』(イーストプレス)、2021年『白球の「物語」を巡る旅』(大月書店)、2023年『韓国コンテンツはなぜ世界を席巻するのか』、2025年「ビジネス教養としての日本文化コンテンツ講座」(徳間書店)など多数。1957年、札幌市生まれ、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、学術博士。NTV映像センター、AIR-G’(FM北海道)、東芝EMI、ソニー・ミュージックエンタテインメントにおいて放送番組、音楽コンテンツの制作及び新人発掘等に従事。







