金属は呼吸し、音は溶け出す ── Visible Cloaks、新曲「Steel」で到達した“音響彫刻”の深層

ポートランド拠点のエレクトロニック・デュオ、Visible Cloaksが、ニューアルバム『Paradessence』から最後の先行シングル「Steel」をリリースした。同時公開されたミュージックビデオと共に提示されたのは、“楽曲”というよりも、金属と光と時間によって形成された巨大な音響彫刻だ。

ヤニス・クセナキスの亡霊が宿るミニマリズム

「Steel」はアルバムの中でも珍しく、アルペジオとグリッド状の時間構造を採用した楽曲。しかし、その反復は固定化されたミニマルではない。

音は絶えず質感を変え続け、同じ瞬間が二度と訪れない。背景にあるのは、ギリシャの作曲家クセナキスによる“確率的音色”の思想だ。非同期的に変調される音響パラメータによって、シンセサイザー、金属的ノイズ、擦過音がまるで生物のように蠢き続ける。

楽曲序盤では、打楽器的な点描が上昇する幾何学模様を描き出し、やがて金属そのものが歌い始めるかのように輪郭が崩壊していく。硬質だったはずの音は徐々に液体化し、床だと思っていたグルーヴは静かに波打ち始める。

“偶然”すら作品に組み込む制作哲学

後半パートはスタジオでのライブ・ジャムから生まれたという。しかし、その録音環境は極めて不安定だった。AD/DAシステムの接続トラブルにより、Ryan Carlile側の演奏はAirPlay経由で録音されたというのだ。

だがVisible Cloaksは、その偶発性を排除しない。むしろ異なるシステム同士のズレや遅延を、“成長する音”として作品へ取り込んでいく。

「Steel」は、完成された構造物ではなく、時間の中で変形し続ける有機体のように存在している。

光そのものを彫刻するMV

MVでは、grade eternaによる“Gaussian splats”技法がさらに抽象領域へと押し進められた。監督はSpencer Doran自身。

過去作で用いられた3Dスキャンを再構築しながら、20世紀初頭の光の芸術家Thomas Wilfredによる「Lumia」実験からも着想を得ている。

映像には具体的な空間がほとんど存在しない。あるのは、浮遊する色彩と光の感情だけ。それは“視覚化されたアンビエント”というより、純粋な知覚そのものに近い。

『Paradessence』が描く“存在と非存在”のあいだ

5月22日にリリースされる新作『Paradessence』は、沈黙そのものを重要な構成要素として扱うアルバムだ。

建築理論家Christopher Alexanderの“ポジティブ・スペース”概念に影響を受け、音だけでなく、その周囲にある“空白”までもデザイン対象としている。

本作では、音が鳴っていない瞬間ですら何かが存在している。
存在と不在、現実と仮想、人工と生命。その境界が曖昧なまま漂い続ける。

日本の環境音楽と接続される未来

Visible Cloaksはこれまでも、日本の環境音楽やニューエイジ、シンセサイザー音楽から強い影響を受けてきた。

本作でも、尾島由郎、柴野さつき、Félicia Atkinson、Motion Graphicsらが参加し、環境音楽以降の“ポスト・アンビエント”とも言うべき領域へ踏み込んでいる。

それは単なるノスタルジアではない。
YMO以降の電子音楽的想像力を参照しながらも、その延長線上ではなく、“まだ存在しない風景”を生成しようとする試みだ。

『Steel』は、その入口にすぎない。
『Paradessence』という作品全体は、聴くというより“侵入される”タイプのアルバムになるかもしれない。

Artist: Visible Cloaks
Title: Paradessence

Label: PLANCHA / RVNG Intl.
Cat#: ARTPL-254
Format: CD / Digital
Release Date: 2026.05.22
Price(CD): 2,200 yen + tax

※CDボーナス・トラック1曲収録
※解説:柴崎祐二

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