
その曲だけ、うまく再生できない
久しぶりに流れてきた曲を、途中で止める。
イントロを聴いた瞬間に、続きがわかってしまったからじゃない。
むしろその逆で、最後まで聴いたときに何が起きるのかを、知っているからだ。
どこにでもあるラブソングのはずなのに、
この曲だけは、どうしても“自分の話”に変わってしまう。
再生を止めても、意味はあまりない。
もう頭の中では、最後まで流れている。
記憶は“音”じゃなく“感情”に紐づく
音楽が記憶を呼び出す、というのはよくある話だと思う。
でも、元恋人と結びついた曲の場合、
少しだけ事情が違う。
思い出しているのは、出来事じゃない。
そのときの感情だ。
何を話していたかとか、
どこに行ったかとか、
そういう具体的なことは曖昧なのに、
なぜか、あのときの“温度”だけは、正確に再現される。
嬉しかったのか、
寂しかったのか、
終わりに近づいていたのか。
それが、曲の中に保存されている。
なぜその曲だったのか
不思議なのは、
その関係を象徴する曲が、たいてい一つか二つに絞られることだ。
一緒にいた時間の中で、
もっとたくさんの音楽を聴いていたはずなのに。
たとえば
「Stay With Me」みたいな曲が、
なぜかその関係の“代表”みたいな顔をする。
理由は単純で、
感情のピークと、音楽が重なったからだと思う。
特別な日じゃなくてもいい。
帰り道とか、車の中とか、
何気ない瞬間に、たまたま流れていた曲。
でもそのとき、感情だけは確かに動いていた。
その“動いた瞬間”に、音楽が固定される。
記憶は、あとから意味を持ち始める
厄介なのは、その曲が、
最初から特別だったわけではないということだ。
あとから、特別になる。
別れたあとで聴くと、
それまでとはまったく違う意味を持ち始める。
たとえば
「The Night We Met」みたいな曲。
タイトルや歌詞が、
あとから“意味を持ちすぎる”。
まるで最初から、
その関係のために用意されていたみたいに感じてしまう。
でも実際には、
ただそこにあった曲を、あとから“当てはめている”だけだ。
消そうとすると、強く残る
だから、消そうとするとうまくいかない。
プレイリストから外しても、
サブスクで非表示にしても、
街のどこかで、不意に流れてくる。
そしてその瞬間、
準備もないまま、記憶が再生される。
たとえば
「All I Want」みたいな曲が、
カフェのスピーカーから流れてきたとき。
避ける時間もなく、
一気に引き戻される。
それはもう、思い出しているというより、
巻き戻されている感覚に近い。
“上書き”はできるのか
よく、同じ曲に“新しい記憶を上書きする”という話がある。
別の人と聴くとか、
違う場所で聴くとか。
それで少しは薄まるのかもしれない。
でも完全には消えない。
前の記憶の上に、
新しい記憶が重なるだけだ。
むしろレイヤーが増えて、
より複雑になることもある。
同じ曲なのに、
複数の時間が同時に再生される。
どれが本物なのか、
よくわからなくなる。
曲を聴くか、記憶を聴くか
気づくと、その曲を“音楽として”聴けなくなっている。
メロディやアレンジではなく、
そこに紐づいた記憶ばかりが前に出てくる。
音はきっかけでしかなくて、
本当に再生されているのは、別のものだ。
たぶんそれは、
その関係の中で言葉にできなかった何かだと思う。
それでも、消えないままでいい
無理に忘れる必要はないのかもしれない。
その曲が残っているということは、
そのとき確かに何かを感じていた、という証拠でもある。
たとえそれが終わった関係でも、
そこにあった感情まで消す必要はない。
むしろ、音楽として残っているぶん、
少しだけ安全な形になっているとも言える。
触れようと思えば触れられるし、
避けようと思えば避けられる。
完全にはコントロールできないけど、
完全に支配されているわけでもない。
再生されるたびに、距離が変わる
久しぶりにその曲を最後まで聴く。
前よりも、少しだけ冷静に聴けている気がする。
記憶は消えていない。
でも、距離は変わっている。
同じ曲なのに、
少しだけ“今の自分”の音としても聴けるようになっている。
たぶんこの先も、完全に切り離されることはない。
でもそれでいい気がする。
音楽は、何かを忘れるためのものじゃなくて、
何かを残すためのものだから。
そしてその中には、
うまく処理できなかった感情も含まれている。
夜のどこかで、また流れる
街のどこかで、またあの曲が流れる。
たぶんまた、一瞬だけ立ち止まる。
でも今度は、最後まで聴くかもしれない。
それが過去のためなのか、
今のためなのかは、まだよくわからない。
ただひとつ言えるのは、
たぶん僕らは、音楽を聴いているんじゃなくて、
感情の残りを、何度も再生しているだけなのかもしれない。

Kei Varda:音楽文化研究者/ライター。ポストクラブ時代の感性と身体性に着目し、批評と記録の間を行き来する。特定の国や都市に属さない、ボーダーレスな語り口を好む。最近はリズムと都市構造の相関関係をテーマにした執筆に注力中。






