
水は流れ、滲み、蒸発し、ときには静かな場所に留まる。その運動をそのまま音楽に置き換えたら、こんな作品になるのかもしれない。
大阪を拠点に活動する電子音楽家/プロデューサー、7FOことN. Kawataが、2016年にごく限られた形で発表した『Water Falls Into A Blank』を、2026年11月6日にRVNG Intl.よりリリースする。日本盤CDはPLANCHAから発売。アルバムに先駆け、先行シングル「Botanical Dub」も公開された。
ダブ、アンビエント、電子音楽、そしてどこか寓話的なポップ・センス。それらが水のように境界を失いながら混ざり合う『Water Falls Into A Blank』は、7FO自身の言葉を借りれば「curious, quiet, and humorous(好奇心に満ち、静かで、ユーモラス)」な作品だ。
しかし、このアルバムを特別なものにしているのは、その音楽だけではない。オリジナル版として制作されたLPは、わずか9枚。10年ものあいだ、一部のリスナーだけが触れることのできた幻の作品が、ようやく広い世界へと流れ出そうとしている。
静かな湖へ潜るように、7FOの音楽を聴く
『Water Falls Into A Blank』を聴くことは、静かな湖へ飛び込むことに似ている。ミニマルな反復、ゆらゆらと揺れるダブの残響、微細な電子音、有機的なテクスチャー。音は明確な輪郭を保ったまま進むのではなく、水中で光が屈折するように少しずつ姿を変えていく。タイトル曲ならぬ作品全体を貫いているのは、“水”というイメージだ。
水はあらゆる方向へ流れ、何もない場所へ落ち、溜まり、ときには渦を巻く。そこから小さな生命が生まれ、やがて複雑な生態系が形成されていく。7FOは、そんな自然界のプロセスを電子音へと翻訳するかのように、シンプルな音の粒子から奇妙な生命感を立ち上げていく。
「Botanical Dub」「In a Watermelon Head」「Rice Field of the Diorama」「Evaporation」「Lake Bottom」「New Eel」「Forest of Old Cloth」 ── 曲名を眺めているだけでも、水、植物、生物、風景、そして空想がひとつの生態系を形成していることがわかる。
これは単なるアンビエントでも、単なるダブでもない。
どこかユーモラスで、どこか子どもの空想のようでもあり、それでいて深い瞑想性を持つ。環境音楽とエクスペリメンタル・ポップの境界を漂いながら、7FOだけの奇妙な水中世界が静かに広がっていく。
2016年、ニューヨークで生まれた「9枚だけのレコード」
本作の背景には、ひとつの興味深いアート・プロジェクトがある。『Water Falls Into A Blank』はもともと、RVNG Intl.がニューヨークのロウアー・イースト・サイドで運営していたスペース〈Commend〉によるコラボレーション・シリーズ〈See〉のために制作された。
〈See〉は、サウンド・アーティストとヴィジュアル・アーティストを組み合わせ、新たな作品を制作し、それを展示空間の中で捉え直していく試みだった。
7FOのパートナーとなったのは、当時ブルックリンを拠点としていたアーティストNick Ozgunay。〈Annexe〉名義で染色やペインティング、プリント、テキスタイルなどを手掛けるOzgunayとの共同作業によって、音楽は単なるレコードではなく、ひとつのオブジェクトへと姿を変えていった。2016年に制作されたLPは、一点ごとに異なる藍染めのファブリック・スリーヴとシルクスクリーン・カヴァーを使用。その数は、わずか9枚だった。
Commend限定で販売されたこのアーティスト・エディションに加えてカセット版も制作され、同年10月には両者のコラボレーションを記念する展覧会も開催された。つまり『Water Falls Into A Blank』は、最初から大量流通する「アルバム」として生まれたわけではない。音、布、染色、印刷、展示空間 ── それらすべてを含んだ、小さなアート作品だったのだ。
10年間眠っていた音楽が、再び流れ始める
それから10年。ごく限られた形でしか触れることのできなかった『Water Falls Into A Blank』が、2026年、ようやく広く届けられることになる。今回のリリースにはオリジナル楽曲に加え、「Cloud Shaped Night」「Liquid Moonlight」、そして2026年に制作された「Eleki Emaki」を収録。日本盤CDでは「Eleki Emaki」がボーナス・トラックとして追加される。
10年前の作品をそのまま“復刻”するだけではなく、現在の7FOへと時間軸を接続することで、『Water Falls Into A Blank』という世界が再び動き始める。その最初の入口として公開されたのが「Botanical Dub」だ。タイトル通り、植物的な有機性とダブの残響が交錯する楽曲は、この作品の性格を象徴している。電子音でありながら、どこか湿度がある。機械から生まれているはずなのに、生き物のように呼吸している。
自然界の「規則」と「揺らぎ」を音へ変える7FO
7FOことN. Kawataは、大阪を拠点に活動する電子音楽家/プロデューサー。2010年頃から、ギター、シンセサイザー、ドラムマシン、サンプラー、エフェクターなどを用いた独自の宅録スタイルで制作を続けてきた。
2013年の『Fate』、2015年の『発酵するゼロ』をはじめ、RVNG Intl.、Bokeh Versions、Métron Records、EM Records、conatalaなど国内外のレーベルから作品を発表。2018年には初期作品をまとめた『Moment (Selected Works 2012–2017)』、そして代表作のひとつとなった『竜のぬけがら』をリリースしている。
彼の音楽を特徴づけるのは、自然の中に存在する規則性と不規則性への視線だ。
水の流れ。植物の形。生き物の動き。反復しながら決して完全には同じ形にならない自然界のリズムを、7FOは電子音楽へと置き換えていく。
だから、その音楽には精密なプログラミングとは異なる“揺らぎ”がある。
アンビエント、ニューエイジ、ダブ、実験電子音楽といったジャンルを横断しながらも、最終的にはどのカテゴリーにも完全には収まらない。それが7FOという音楽家の面白さでもある。
水は、10年かけて世界へ辿り着いた
『Water Falls Into A Blank』というタイトルを直訳すれば、「水が空白へと落ちていく」。2016年、ニューヨークの小さなスペースから始まったこの作品は、わずか9枚のレコードとなり、カセットとなり、展覧会となり、そして長い時間をかけて人から人へと伝わっていった。それから10年後、その水は再び流れ始める。
「Botanical Dub」から「Lake Bottom」「New Eel」、そして最後の「Eleki Emaki」まで。そこにあるのは壮大な宇宙ではなく、もっと小さな世界だ。水面に浮かぶ光、植物の葉脈、小さな生物、古い布、月明かり――そんな何気ないものの中に潜んでいる、巨大で奇妙な生命の気配。静かで、好奇心に満ち、そして少し可笑しい。7FOが10年前に作り上げた小さな水中世界が、ようやく私たちのところまで流れ着く。
7FO『Water Falls Into A Blank』は2026年11月6日、RVNG Intl.よりリリース。日本盤CDはPLANCHAより発売される。

Artist: 7FO
Title: Water Falls Into A Blank
Label: PLANCHA / RVNG Intl.
Cat#: ARTPL-270
Format: CD / Digital
※日本盤独自CD化
※ボーナス・トラック1曲収録
※解説付き予定
Release Date: 2026.11.6
Price(CD): 2,200 yen + tax
