妄想コラム– tag –
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[妄想コラム]未来は踊る──50年後のアニクラが切り拓く音と物語の祭典
序章:アニソンがクラブを変える アニメソング、通称アニソンは、もはや日本のポップカルチャーを象徴する存在である。『残酷な天使のテーゼ』や『紅蓮華』が国境を超えて歌われ、YouTube上には数千万回再生の動画が並ぶ現状は、もはや一ジャンルを超えた... -
[妄想コラム]バンドなき世界──孤高の音楽史の妄想
序章:バンドという偶然が消えた世界 もし、20世紀の音楽史から「バンド」という概念が消えていたら、世界はどんな音楽で満たされていたのか。私たちが知るロックやジャズの群像的熱狂は存在せず、すべては個人の技巧と表現力に収れんしていたに違いない。... -
[妄想コラム]2125年のサウンドスケープ──人類が出会う未来音楽のかたち
音楽は100年後も「音楽」と呼べるのか 100年前の1925年を思い浮かべてみるとよい。当時の大衆音楽といえば、ジャズが世界を席巻し始め、ラジオ放送が家庭に普及しつつあった時代である。そこから100年後の現代2025年、音楽はインターネットとストリーミン... -
[妄想コラム]もし弦を弾くことがなかったら ── もうひとつの音楽史妄想記
音楽の歴史を決定づけた行為のひとつ――それは「弦を弾いて音を出す」という営みである。ギター、バイオリン、ピアノ。いずれも弦を響かせることによって世界の音楽を形作ってきた。しかしもし、その行為が人類史上存在しなかったとしたら? 本稿では壮大... -
[妄想コラム]消えた4人組 ── ビートルズ不在の世界線で辿る音楽史
1960年代前半──“侵略”なきポップシーン 1963年、世界は静かだった。リヴァプールからやってくるはずだった4人組は存在せず、「ブリティッシュ・インベージョン」という言葉は歴史の辞書に載らない。代わりにアメリカのチャートを席巻したのは、モータウン... -
[妄想コラム]もし日本が島国でなかったら──想像上の音楽地図を描く
「海に囲まれていること」は、日本の文化を考えるうえで避けて通れない条件である。四季の移ろい、外来文化の受容と変容、そしてなにより“外”と“内”の線引き。それは音楽シーンにも明確に影響を与えてきた。だが、ここで一つの妄想をしてみたい。もし日本... -
[妄想コラム]消えた“苗場”の未来 ── フジロックが一度きりで幕を閉じた世界線
1997年8月、嵐の中の伝説 1997年7月26日、富士天神山スキー場。台風直撃の豪雨と暴風の中で開催された第1回フジロック・フェスティバルは、のちに「嵐の中の奇跡」として語り継がれることになる。だが、この世界線では奇跡はそこで終わった。主催者は莫大... -
[妄想コラム]ギターなき世界、音楽はどこへ向かったか?
ギターがない世界。たったそれだけで、音楽の地図はまったく違う形に描かれていただろう。指先で弾くもの、かき鳴らすもの、歪ませるもの ── その存在がなかったとしたら? さあ、奇妙な音楽世界の扉を開けよう。 弦が6本ない世界 まず当然ながら、音楽の... -
[妄想コラム]音楽に国境なんてなかった──「どこでもドア」が拓くもうひとつの音楽地図
世界が狭く、瞬時に繋がり合う時代において、音楽のあり方はどのように変わるのだろうか? もし音楽家もリスナーも、どこへでも瞬時に行けるとしたら、創作や体験、さらには音楽文化のアイデンティティはどのように変化していくのか。これは空想の扉から覗... -
[妄想コラム]それでも人は、囀る ── 音楽なき世界に響く声のゆくえ
それでも人は、囀る──音楽なき世界に響く声のゆくえ 想像してみてほしい。「音楽」という概念そのものが、最初からこの世界になかったとしたらどうなるだろうか? 楽器もなければ、歌もない。旋律という発想も、リズムという感覚も、この地上には一切存在...