[連載:ブラジル音楽の地図]第7回:アマゾンの音、内陸のビート──北部ブラジルの音楽地図

ブラジルの音楽は、ただのジャンルやリズムの集まりではない。それは広大な国土に根を張る無数の文化の交差点であり、歴史的な重層性と現代的な革新が常に交錯しているダイナミックな音の海だ。本シリーズでは、サンバの起源から現代のクラブシーンに至るまで、ブラジル音楽の成り立ちとその豊かな多様性を深く掘り下げ、21世紀の音楽シーンにおける新しい潮流を追いかける。

本コラムを通じて、伝統的なサウンドの中にひそむ革新や、地域ごとのユニークな音の魅力に触れ、ブラジル音楽が持つ無限の可能性を再確認できるだろう。サンバの叙情的な情熱、ボサノヴァの静けさ、アフロ・ブラジルの鼓動、そして電子音楽との融合 ── それらが織りなすメロディとリズムは、世界中のリスナーに強い影響を与え続けている。

この8回のコラムを通じて、ブラジル音楽がどのように地域性と世界性を交わらせ、時代を越えて進化してきたのかを紐解いていく。音楽というアートフォームを超え、ブラジル音楽は文化、政治、アイデンティティを語る重要なメディアであることを、改めて感じさせられるに違いない。

さあ、ブラジル音楽の世界に再び足を踏み入れ、その無限の魅力を心ゆくまで味わってほしい。

リオでもサンパウロでもない。海沿いでも高原でもない。熱帯雨林と赤土の大地、河と密林に囲まれた“北のブラジル”は、しばしば国全体のカルチャーマップから忘れられがちである。

だが、ここにも豊かな音楽が息づいている。しかもそれは、土着的でありながら革新的で、どこか異世界的な光を放っている。アマゾンの都市・ベレンを中心としたテクノ・ブレーガ、先住民のルーツを色濃く残すカリンボー、そして内陸部を支配するセルタネージョ──北部と内陸の音は、ブラジル音楽の“周縁”ではなく、むしろそのフロンティアである。

ベレン発、灼熱のテクノ・ブレーガ

ブラジルの北の玄関口、アマゾン川河口の都市ベレン。ここで1990年代末から発展してきたのが「テクノ・ブレーガ」だ。

“ブレーガ(brega)”とは本来、俗っぽい、ダサい、という意味のスラング。だがこのジャンルでは、その“ダサさ”が一周してスタイリッシュなクールへと反転している。もともとは70~80年代のポップ・バラードを下敷きにしながら、それを低解像度の電子音とケレン味たっぷりのボーカルで仕上げていく。きらびやかで、ちょっと下世話で、そしてどこまでも踊れる。

代表的なアーティストはガビ・アマラントス。彼女は「テクノ・ブレーガの女王」とも呼ばれ、地域密着型の音楽を全国区に押し上げた功労者である。

彼女の音楽は、アマゾンという場所性、女性としての生き方、そして庶民文化への愛が詰まっている。MVではしばしば、アマゾンの祭や市場、庶民的な住宅街などが舞台となり、「そこに生きる人たち」が誇りを持って映し出される。

カリンボー──太鼓と木の笛が鳴る

もっと素朴なアマゾンの音を知るなら、カリンボーを外すわけにはいかない。木製の太鼓、竹の笛、手拍子とシンプルなコーラスで構成されたこの音楽は、もともと先住民とアフリカ系住民のミックスから生まれたフォークロアである。

「カリンボーの王様」と呼ばれるピンドゥーカは、その民衆音楽を1970年代からポピュラー化し、北部一帯のアイドルとなった存在だ。彼のサウンドにはアマゾンの森と川、太陽と湿気、土と精霊がそのまま閉じ込められているような、プリミティブな祝祭性がある。

近年ではカリンボーを現代的な形で再解釈する若手アーティストも現れ始めており、まさに“ローカルがグローバルになる瞬間”が起きている。

セルタネージョ──ブラジルのカントリーミュージック

一方、アマゾンを離れたブラジルの内陸部──特にゴイアス州やミナス・ジェライス州、マットグロッソ州といった広大な大地には、セルタネージョという“カントリーポップ”が根を張っている。

その起源は農村のギター弾き語りにあり、やがてサンパウロを通じて都市型ポップスとして花開いた。現在ではルアナ・サンタナやマリリア・メンドンサ(2021年に不慮の事故で急逝)などが大スターとして君臨し、若者から年配まで国民的人気を誇っている。

このジャンルの魅力は、なんといっても直球のエモーション。失恋、片想い、親子愛、人生の切なさを、素朴な言葉とメロディで歌い上げるその姿は、ある意味で「歌謡曲的」な魅力にも近い。都市的洗練よりも、むしろ地方に生きる人々の“情”がそこにはある。

周縁から生まれる、ブラジル音楽の未来

北部や内陸部の音楽は、長らく「中央」から軽んじられてきた。しかし今や、そうした音楽が都市のポップスに影響を与え、あるいは世界へと飛び出す時代に入っている。“ダサさ”や“土着性”が、むしろ世界最先端になりうる──それが今のブラジルの面白さである。

ブラジルはひとつの国だが、音楽的にはまるで何十もの国が共存しているかのようだ。北部と内陸の音楽は、そのことをまざまざと示してくれる。

次回予告:第8回「21世紀のブラジル音楽──伝統と実験のクロスオーバー」

いよいよ最終回!次回は21世紀以降のブラジル音楽を総括。伝統を継承しつつ新たな音を模索するアーティストたち、ポップと実験、ローカルとグローバルが交差する現在地を見つめます。

Jiro Soundwave:ジャンルレス化が進む現代音楽シーンにあえて一石を投じる、異端の音楽ライター。ジャンルという「物差し」を手に、音の輪郭を描き直すことを信条とする。90年代レイヴと民族音楽に深い愛着を持ち、月に一度の中古レコード店巡礼を欠かさない。励ましのお便りは、どうぞ郵便で編集部まで──音と言葉をめぐる往復書簡を、今日も心待ちにしている。

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