
あんべ光俊の「遠野物語」は、もともと彼が大学時代に結成した「飛行船」の2枚目のシングル曲だ。リリースは1976年、その後、あんべがソロに転じての1stアルバム『碧空と海のすき間から』(1978)に収録されている。「遠野物語」というと民族学者の柳田国男の説話集が有名だが、この作品は現代でも東北の人々には馴染み深い存在になっている。ビッグヒットした作品ではないが、しかし長きに渡って歌い継がれていることに敬意を表したい。
本来、ポピュラー音楽の意味はそういった点にもあるのだろう。リリース後、すでに50年近く経っており、あんべ自身も音楽活動を続けているが、彼もすでに72歳になったという。筆者が東北を描いたJPOP作品の中で真っ先に思い出した。
あんべは高校時代までを岩手県で過ごし、大学で上京、メジャーデビュー後も東京を生活の基盤にしていたが、現在では仙台に拠点を置いている。東日本大震災のときも音楽を通じた積極的な支援活動を行ったことでも知られる。彼は郷土愛の強いアーティストの一人であろう。
遠野は花巻から釜石線で行く。普通電車で小一時間の距離にある。柳田の功績により、「民話のふるさと」として一般認知されている小都市で、映画のロケ地として知られてもいる。
遠野の街
歌詞に登場する遠野の街は、この曲全体の舞台となる場所であり、実際の遠野市を指している。遠野は岩手県の中でも、自然と伝説が色濃く残る場所として知られている。柳田國男が『遠野物語』を著したことで、民話や伝説が集められ、遠野という地域はその文化的な象徴となった。最近でも映画『母の待つ里』のロケ地にもなったことでも知られている。
遠野の街を歩くと、自然と共生してきた人々の暮らしや、その土地に根ざした神話が息づいていることを感じることができる。この作品のタイトルは単に地名を指しているのではなく、その土地に生きる人々の記憶や伝承が広がる場所を意味しているのかもしれないと思う。実際にこの作品を手掛かりにして遠野の街を巡ることで、過去と現在が交錯する瞬間を感じることができる。
ただ作品の中に登場する具体的な場所はJRの駅から遠い距離にあるので、徒歩で巡るのは厳しいかもしれない。
福泉寺
歌詞の中で登場する「福泉寺」は、遠野市に実在する寺院であり、歌詞における重要な場所だ。月夜の晩に「明日は帰るという」という言葉が交わされるこの場面は、別れと帰郷の象徴だ。
福泉寺は、静かな佇まいと美しい景色が魅力的な場所で、遠野の歴史と文化を感じさせる空間だ。寺院の境内に立つと、その土地に根付いた精神文化や信仰が息づいていることを実感できる。歌詞で描かれる月夜のシーンは、福泉寺の静謐な空気にぴったり合う。ここで再び思い出が蘇り、別れが惜しまれたことだろう。

笛吹峠
「遠野物語」の歌詞の中で登場する「笛吹峠」は、遠野から車でアクセス可能な峠道だ。歌詞の中で涼んだ笛吹峠と歌われているように、この場所は美しい自然景観とともに、静かな場所でのひとときを楽しむ場所として描かれている。峠を越えると広がる風景は、遠野の美しい山々や田園風景を見渡せる絶好のロケーションであり、歌詞の中で描かれる「青いリンゴをかじった」というシーンにもぴったりな場所だ。
笛吹峠は、遠野市内からもアクセスが良く、周囲の自然と一体化するような感覚を覚える。ここで過ごす時間は、歌詞の「君の目は仔馬のように澄んでいた」という一節を想起させ、若き日の純粋な感情が鮮やかに浮かび上がる場所でもある。
ススキの野辺
「ススキの野辺」は、遠野の秋を象徴する風景の一つだ。遠野の田園地帯には、秋になるとススキの穂が風に揺れ、その光景は非常に美しく、どこか寂しげでもある。歌詞の中で「ススキの野辺で口づけた」とあるように、ここは青春時代の恋人同士が心を通わせた場所として描かれている。
実際にススキの野辺に立つと、遠野の秋の風景が目の前に広がり、歌詞に描かれた恋の記憶が呼び覚まされる。風に揺れるススキが、青春の儚さや切なさを象徴しており、その場所に立つことで歌詞の世界により深く浸ることができるだろう。

古い曲屋(まがりや)
歌詞の最後に登場する「古い曲屋」は、遠野の伝統的な家屋や文化を象徴するものだ。曲屋とは、曲がり屋とも呼ばれ、屋根が曲線を描くような形状の伝統的な家屋のことを指す。遠野には、こうした曲屋の家々が今でも点在しており、まるで時間が止まったかのような雰囲気を醸し出している。
「古い曲屋」は過ぎ去った時間とその記憶がその場所にしっかりと刻まれていることを示唆している。実際に古い曲屋を見ることで、過去と現在が交錯する感覚を味わいながら、歌詞に描かれた思い出を体感することができるだろう。遠野の古い家々には、地元の人々の暮らしや歴史が息づいており、その場所で過ごした日々が今もなお生きているように感じられる。
もっとも有名なのは重要文化財になっているか、千葉家住宅だろうか。築約200年の曲屋建築だ。ただ現在は保存改修中ということだ。また曲屋を移築した屋外博物館「遠野ふるさと村」も興味深い場所だろう。

駅
歌詞の冒頭に登場する「懐かしい駅」は、遠野の中でも実際に訪れることができる場所である。遠野駅は、先述したようにJR釜石線の駅であり、周囲の風景とともに、過ぎ去った時代の記憶を呼び起こす場所として描かれている。駅は、移動の起点であり、別れや再会の場でもある。この歌詞における駅は、単なる交通機関のハブにとどまらず、過去と現在を繋ぐ「時間の交差点」として描かれている。
実際に遠野駅を訪れると、過去の思い出や人々の足跡が感じられるような気がする。列車の到着や出発を見守りながら、歌詞の中で描かれる青春の一ページを追体験することができるだろう。

まとめ
あんべ光俊の「遠野物語」の歌詞に登場する場所を実際に巡ることで、歌詞の中で描かれる情景がどのように現実と結びついているかを感じることができる。遠野という土地は、自然と伝説が深く絡み合った場所であり、その地名や風景は、歌詞の中で描かれる感情や思い出と密接に関わっている。実際にその場所を訪れることで、歌詞の持つ切なさや懐かしさ、そして時の流れをより深く味わうことができるだろう。

増淵敏之:法政大学文学部地理学科教授、専門は文化地理学。コンテンツツーリズム学会会長、文化経済学会〈日本〉特別理事、希望郷いわて文化大使、岩手県文化芸術振興審議会委員、NPO氷室冴子青春文学賞特別顧問など公職多数。Yahooエキスパートコメンテーター。主な単著に2010年『物語を旅するひとびと』(彩流社)、『欲望の音楽』(法政大学出版局)、2012年『路地裏が文化を作る!』(青弓社)、2017年『おにぎりと日本人』(洋泉社)、2018年『ローカルコンテンツと地域再生』(水曜社)、2019年『湘南の誕生』(リットーミュージック)、2020年『伝説の「サロン」はいかにして生まれたのか』(イーストプレス)、2021年『白球の「物語」を巡る旅』(大月書店)、2023年『韓国コンテンツはなぜ世界を席巻するのか』、2025年「ビジネス教養としての日本文化コンテンツ講座」(徳間書店)など多数。1957年、札幌市生まれ、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、学術博士。NTV映像センター、AIR-G’(FM北海道)、東芝EMI、ソニー・ミュージックエンタテインメントにおいて放送番組、音楽コンテンツの制作及び新人発掘等に従事。








