[妄想コラム]もし1960年代に7弦ギターが存在したら ── ジミ・ヘンドリックスが開いたもうひとつの地平

「もしジミ・ヘンドリックスが7弦ギターを手にしていたら」。

そんな仮定は、音楽好きにとっては想像力を刺激する問いかけである。1960年代末、サイケデリック・ロックとブルース、ソウル、ファンク、ジャズが渾然一体となって生まれた音楽の奔流のなかで、ジミ・ヘンドリックスはその頂点に立っていた。彼はギターを単なる楽器ではなく、自己表現の延長として扱い、エフェクターやフィードバック、即興性を通じて音楽の可能性を切り拓いた。そんな彼が、もし現代的な7弦ギターを手にしていたとしたらどうなっていただろうか?

低音という新たな次元

7弦ギターは通常の6弦ギターに加えて、1本の低音弦(多くの場合B音)を備えている。この一本によって、ギタリストは重厚なリフや広い音域でのコードワークが可能となる。1990年代以降、主にメタル界でその存在感を高めていったこの楽器を、仮に60年代のヘンドリックスが手にしていたと仮定しよう。彼のプレイスタイルは、即興性と多彩なコードボイシング、そしてグルーヴ感を兼ね備えていた。その文脈で7弦ギターが加われば、彼の音楽はより一層「立体的」なものとなっていたに違いない。

例えば「Voodoo Child (Slight Return)」や「Machine Gun」のような楽曲では、既に低音域でのドライブ感や厚みが印象的だ。そこにもう一段階深い低音が加われば、それはブルースの延長というより、後年のドゥームメタルやスラッジに通じるサウンドにすらなっていた可能性がある。すなわち、ヘンドリックスは自身のリフによって、ロックの未来 ── より重く、より深く沈み込むようなサウンド ── を先取りしていたかもしれないのだ。

ジャズとファンクへの接続

ヘンドリックスの音楽的バックグラウンドには、ブルースだけでなくソウルやジャズがあった。彼はマイルス・デイヴィスとも交流を持ち、互いに刺激を与え合っていたとされる。事実、マイルスは『Bitches Brew』(1970年)以降、エレクトリックな方向へと舵を切っていくが、もしヘンドリックスがその後も存命で、7弦ギターを手にしていたとしたら、2人の邂逅はさらに劇的なものとなっていたに違いない。

7弦によって可能になる広い音域は、ジャズ的なコード進行の再構築にも最適である。既に6弦で奇抜なコードを使いこなしていた彼が、7弦によってさらに和声的に豊かなプレイを展開していたとすれば、70年代ジャズファンクの文脈において、より実験的でありながらもグルーヴを失わない新たなスタイルを提示できたはずだ。それは、当時のジョージ・デュークやハービー・ハンコックのアンサンブルとも接続し得るものだったろう。

音の宇宙とテクスチャー

ヘンドリックスの魅力は、音の「質感」への異常なまでのこだわりにもあった。彼はファズやワウ、ユニヴァイブといった当時の最新エフェクターを積極的に導入し、ギターという楽器を「音響装置」として再定義した。その哲学が7弦に向けられていたとしたら、彼はきっと単に弦が一本増えたというだけでは済ませなかったはずだ。低音弦を使って、フィードバックの共鳴やドローン的な音響、あるいはミニマリズムに近いリフレインの構造などを実験していた可能性もある。

ここで思い出されるのが、現代のアーティスト ── たとえばテーム・インパラやクルアンビンのように、ギターを空間的なエフェクトの一部として扱うミュージシャンたちである。彼らのサウンドの源流を辿ると、その端には必ずヘンドリックスの影がある。仮に彼が7弦ギターによってさらなる音響的探求を続けていたとしたら、現代の音楽シーンはより早い段階で「テクスチャー重視」へと移行していたかもしれない。

ジャンルの再構築と未来への影響

ジミ・ヘンドリックスはジャンルという枠に収まることを拒み続けた。その彼が7弦ギターを扱っていたならば、メタルはもっとブルージーで、ジャズはもっとノイジーで、ファンクはもっとヘヴィだったかもしれない。実際、90年代以降に7弦ギターを導入したギタリストたち ── 例えばメシュガーやトーシン・アバシ(Animals as Leaders)ら ── は、いずれもジャンルを越境するスタイルを打ち立てている。これは、7弦が本質的にジャンルを変えるポテンシャルを秘めた楽器であることの証左であろう。

ヘンドリックスが7弦ギターを通じてジャンルの壁を越える音楽を提示していたなら、その後のロックやジャズ、メタルの文脈そのものが変わっていたかもしれない。7弦ギターはメタルの武器ではなく、「表現の自由」の象徴としてもっと広く認知されていた可能性があるのだ。

仮定の話ではある。しかし、ヘンドリックスの革新性を思えば、そこには決して荒唐無稽ではない未来が見えてくる。たった一本の弦が、音楽の歴史をどれほど変えることができたか。想像するだけで、音楽という宇宙の広がりを感じさせてくれる。

Shin Kagawa:100年後の音楽シーンを勝手気ままに妄想し続ける妄想系音楽ライター。AI作曲家の内省ポップや、火星発メロウ・ジャングルなど架空ジャンルに情熱を燃やす。現実逃避と未来妄想の境界で踊る日々。好きな映画は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』。

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