
VETHELの特集企画「音楽と〇〇」は、音楽と寄り添うさまざまなサブカルチャーとの交わりを探るインタビューシリーズ。〇〇はアートやゲーム、漫画、映画、ガジェット、建築、グルメ、旅行、乗り物、スポーツ、アウトドア……など何でもあり。音楽とその界隈の関係を語っていただきます。今回のゲストは?
ビジュアル系メイクで営業の第一線に立つ男がいる。インサイドセールスとして人事労務DXの現場に立ち、電話越しに“商談”という名のステージに立つ彼の名は、ツツミタカヒロさん ── 元々はバンドマンとして活動し、L’Arc~en~Cielをきっかけにビジュアル系の世界へ飛び込んだひとりだ。彼は言う、「営業はライブと同じ」。30分の商談はライブの持ち時間、資料はセットリスト、言葉はMC。顧客の心を動かすのは、音楽と同じく“声”だ。営業と音楽、その意外な共通点を語るツツミさんの言葉には、数字だけでは語れない熱量が宿っていた──。

衝撃を受けましたみたいな声をいただくことはあります
VETHEL 今、ツツミさんのご職業は?
ツツミ 人事労務の領域のDXや効率化の支援をしているITの会社で、インサイドセールスという営業の仕事をしています。
VETHEL 具体的に言うとインサイドセールスってどういうことをするんですか?
ツツミ 対面して商談をする営業と違い、電話やメールを使って、たくさんのお客様とコミュニケーションを取りながら、まだ商品に興味を持ってない方にアポイントを取って商談を作っていく仕事です。
VETHEL 普段からそのいでたちで?
ツツミ 普段はこうではなくて(笑)、メイク前の状態で仕事してます。
VETHEL その格好をするときは何か特別なときですか?
ツツミ こういう取材していただくときや、イベントに登壇をする機会=インサイドセールスという仕事を教える講演会に登壇することがあって、そういうときにこの状態になってます。
VETHEL その状態でオンライン商談みたいなことはしてないってことですね?
ツツミ 基本的にはないんです。ただオンラインセミナーに登壇することはありますね。
VETHEL 皆さんの反応はどんな感じですか?
ツツミ やっぱり最初はびっくりする方も多くて……でも意外と良い反応をいただけますね。衝撃を受けましたみたいな声をいただくことはあります。
営業とバンドのライブって同じような感覚がある
VETHEL そもそも元々バンドをやってらっしゃったそうですが、音楽への入口はどういうところでしたか?
ツツミ 親も音楽が好きで、子供のころから音楽が流れているような家庭環境だったため、音楽好きだったんです。その後のロックバンドへの目覚めは、中学生のときにL’Arc~en~Cielを初めて聴いたのがきっかけ。僕の世代的には小室哲哉さんがすごく流行っていて、僕もそういう音楽を聴いてたんですけど、L’Arc~en~Cielを初めて聞いたときのバンドサウンドが衝撃で、すごくかっこいいと思ってハマって。そこからどんどん、いわゆるビジュアル系と呼ばれる音楽が好きになって、GLAYとかを熱心に聴き出したのが入り口ですね。
VETHEL そのビジュアル系バンドでの立ち振る舞いはインサイドセールスに活かされてますか?
ツツミ めちゃくちゃ活かされています。営業とバンドのライブって同じような感覚があるんです。営業の商談は、まだ興味を持ってない方に、いかにいいものかを伝えられるか。僕がやっていたバンドも、最初は無名なのでお客さんに知ってもらわないといけない。つまり誰も興味を持ってませんという状態から始まったので、バンドって“自分たちのバンドと音楽を売る”営業みたいなところがあったんですよね。例えばお客さんがたくさん入ってるイベントに出たいと思っても、何の伝手もないと出られない。そういう主催者の方にデモテープを送ったり、音楽事務所に電話をしたりっていうことを一生懸命やってたんです。あれって今思うと本当に営業活動そのもの。今も売るものが変わっただけで同じようなことをしているので、すごく通ずるなと思ってます。
VETHEL 気持ち的には同じ。
ツツミ 商談も30分、1時間と時間が決まっている中で、いかに役に立つお話ができるか……そういう戦いなんですけど、ライブも同じじゃないですか? 30分のステージでいろいろな状況 ── リアルな話、メンバーとめちゃくちゃ仲が悪い時期とか、単純に自分の体調が悪いとか、プライベートですごい嫌なことあって正直ライブする気分じゃないときがありましたけど、見に来てるお客さんにとってはそんなの関係ないことだから、“この30分だけは世界一かっこいい俺を見せる!”みたいな奮い立たせる気持ちがあったんです(笑)。なので営業の商談って同じ感じというか、いかに調子が悪い日でもこの30分だけはモノにしないといけないし、お客様の役立つ時間になるように、全力で自分を出す……キチンと伝えるっていうことに集中するんです。だから、どちらも終わってからぐったり(笑)。
VETHEL では、営業トークはバンドのMCと同じ感じですか?
ツツミ 似てるところはあります。MCを含め演奏中もそうですけど、その場の空気感、ちょっとやってみて相手の反応がどうだったか?をリアルタイムに見ながら、微調整していく。商談も、この話に興味を持ってもらってないなと思ったら切り口を代えてみる。ライブも規模によってはお客さんの顔が見えるので、ライブ中に、今日めちゃくちゃノリが悪いな?とか、全然興味を持ってもらえてない。そういうことが全然あるんですよ。そもそもステージも見てもないお客さんがいたり(笑)。そうなった場合はちょっとパフォーマンスを変えたりするので、そういう臨機応変力みたいなのも問われるし、似てるなと思います。

いきなり“独自のポジション”みたいな状態
VETHEL ビジュアル系メイクで仕事することが武器になってると思ったことありますか?
ツツミ めちゃくちゃ思ってますね。30歳半ばぐらいまでバンドマンをやっていて就職をしたので、当然周りよりビジネススキルが低くて、しばらくすごく苦しんでたんです。活躍もできないし、自分で何もできないんだなと。当時は黒髪でスーツ着て、ビジュアル系の営業マンじゃなかったんですよ。でもこのキャラを開放したことによって、一発で覚えてもらえますし、“営業マン×ビジュアル系”っていう組み合わせの人って、知ってる限り誰もいなくって、自分で言うのもアレですけど、いきなり“独自のポジション”みたいな状態になって(笑)。結果的に知ってもらえて、イベントの出演依頼が来るようになった。そういうところに出るからにはキチンと勉強した上で臨むので、自分の意識もすごく変わりましたし。
VETHEL 逆に見た目で気まずくなったことは?
ツツミ 意外とないんです。意外と皆さん、好意的に受け入れてくれるので、大丈夫なんですが、困った反応みたいになることはたまにありますね。
VETHEL お年寄りがけしからん!みたいな(笑)。
ツツミ そうですね。あとは僕が営業をし始めると、お前がするんかい!みたいな反応になるときは正直ある(笑)。
VETHEL 営業ってある意味、ステージに立ってるのと同じ感覚?
ツツミ すごくそういう感覚があります。営業って会社にもよりますが、数字で分かりやすく評価される世界。僕がやっていたバンドのジャンルだとライブの動員数やCDがどれぐらい売れたか、そこを見られるので、ある意味厳しいけど分かりやすい世界だった。
VETHEL 数字だけあればいい。
ツツミ バンド時代は厳しいなとは思いましたけど、頑張って曲を作りましたとか、自分たちがかっこいいと思うことをやってますって言っても、ライブでお客さんが入ってなかったら相手にもされない世界だったので、営業職って似てますね。いくらいいことを言っても数字が取れてないじゃんって、それで終わりなので。逆に言うとそこを達成してると。例えばこんなキャラクターであっても(笑)、数字上げてるんだからいいよねと評価してもらえますし、すごく分かりやすい。

営業の商談の方が自由かもしれない
VETHEL 営業資料はセットリスト、商談はライブだとしたら、どう組み立てていきますか?
ツツミ それで言うと、バンドのライブの方が、ある意味カチッと決まってるかも。バンドのライブは基本的にセットリストが決まっていて、曲順も決まってますし、ビジュアル系のバンドだと曲の始まる前に「お前ら、イケるかー!」みたいに煽ったりしてボルテージを上げることがあるんですけど、ああいうのすら決まっていたりします。作り込まれてるんですよね。それでいうと営業の商談の方が自由かもしれない。セットリスト=営業資料は持ってるけど、順々に説明することはあまりなくて、お客さんに合わせて次この資料を出そうとか。順に説明しちゃうと、飽きられちゃったり、必要のない情報だと途中から聞いてくれなくなります。少しずつ質問をしながら、ここでこの資料の中のこのページ、これを出すと興味を持ってもらえそうだなとか。持ち曲の中から4曲目だけ出すみたいなことをやるので商談の方が自由だと思いますね。
VETHEL 音楽のセールスも誰かの心を動かすという点では同じですよね。
ツツミ めちゃくちゃ同じだと思います。営業の方が心を動かしやすい。
VETHEL ライブだと見た目でこの人たち嫌だな、みたいなのもありますよね?
ツツミ バンドだとそうですね。あと、一曲目を聴いたらちょっと苦手だなとか。でも営業だと途中で話を切り替えられる。この提案が駄目だったら違う提案で行ってみようかと。
VETHEL ところで、声で人の気持ちを動かすっていうのは、どんなときに一番感じますか?
ツツミ 営業もそうですし、音楽もそうなんですけど、声や言葉って大事だとすごく思っているんです。音楽はリスナーとしてもすごく好きなんですけど、僕は歌詞に共感できると、ものすごく入り込める。逆に言うと歌詞に共感ができないと、すごくいい曲でもあまり好きにはなれないんです。だからまさにその心を動かされる言葉が入ってるかどうで、すごく心が動くので、そういう人っていっぱいいると思っていて。実は営業もそうなんです。キラーワードじゃないですけど、話しながら、ここではこの言葉を使った方がこの人には伝わるだろうな、そう思ったら喋り方や使う言葉を変えたりしますし。そういうところは意識しますね。
VETHEL 最後の質問ですけど。音楽と営業、どちらかを止めなきゃいけないとしたらどっちを選びますか?
ツツミ うわー!難しいですね(笑)。営業かもしれない。音楽はある意味、もう生業にはしてないので辞めてるとは言えば辞めてるんですけど……営業じゃなくても違う仕事はできるかなと思ってるんですけど、音楽ってちょっと変えられない。僕にとってはこんなに心を動かされる、心が救われるものって他にないなと思うので、それを捨てるっていうのは考えられないかなと思います。

Interview & Text : VETHEL
Photo : 夢見るサトシ