
プラグインと詩、そしてプロテスト
「イマジン」という一曲に、どれだけの人が涙を流し、怒りを静め、あるいは燃え上がっただろうか。ジョン・レノンの音楽は、音そのものよりも、その奥にある“人間の祈り”を暴き出す装置であった。ギター一本でも戦える男だった彼が、もしAbleton LiveやLogic Pro、さらには無限のエフェクトとトラックを操る現代のDAWを手にしたなら、果たしてどんな音楽を響かせただろうか?
DAWは、デジタルのアナログである。つまり、可能性の深淵だ。レノンのようなアーティストがこれを使いこなすとき、それは単なる作曲ツールではなく、精神の解体と再構築を司る現代のアルケミーになる。オートメーションが心の機微をなぞり、トラック数が言葉にならない感情の層を描く。レノンは、ギターと声の代わりに、波形とノイズとサンプリングされた記憶で、革命を奏でていたに違いない。
ループと即興、声なき声を録音せよ
彼の作業部屋には、今やリボンマイクの隣にMIDIキーボードが置かれ、ヨーコの囁きがリバースされたオーディオトラックとしてループ再生されている。鼓動のような808のバスドラムの下、彼は「戦争は終わる、君が望むなら」という一節を、グリッチ加工されたボーカルで歪ませながら、レイヤーの中に埋め込んでいく。
レノンは、トラックの中で即興的に声を録音し、瞬時にそれをエフェクトで変調させ、ディレイで呼応させる。歌ではなく、「音響詩」がそこに生まれる。彼のプロテストソングは、もはやギターの3コードではなく、サイドチェインされた低域とピッチシフトされたノイズで語られる。
「お前は誰だ?」
DAW越しに聴こえてくるのは、彼が自分に投げかけるその問いだ。レノンは常に自問し、矛盾し、崩壊と再生を繰り返してきた。そのプロセスが、デジタルエディットという形で可視化される世界において、彼の音楽はより禅問答的で、実験的な地平へと踏み出していたはずだ。
Re-Imagine:未来のための音響彫刻
21世紀のレノンは、Spotifyのチャートには興味を示さなかったかもしれない。むしろ彼は、AbletonとMax for Liveを駆使して、参加型の音楽インスタレーションを作っていただろう。たとえば、世界中の人々の“夢”の音声を収集し、それをサンプリング素材として使用した「Dreamscape Project」。訪れた人が一言メッセージを吹き込むと、その声が音楽の一部として永遠にループされていく。
あるいは、「DAW for Peace」と題されたプロジェクト。戦争当事国の子どもたちの声をベースに、平和とは何かを音響で再構築する。音楽と社会運動、テクノロジーと詩性の接点にこそ、現代のレノンはいたに違いない。
エフェクトやプラグインは、レノンにとって外界を加工するためのフィルターではない。むしろ、内面世界の解像度を高める“拡張された心の鏡”であったはずだ。
デジタル・ノスタルジアとジョン・レノンの反逆
時代が進むほどに、私たちは“過去の音”に対して過剰にノスタルジックになる。だが、レノンはその誘惑に乗らなかった。彼の眼差しは、常に「次の人類」に向けられていた。
そんなレノンが、ヴィンテージアナログシンセのプリセットを懐かしむためではなく、AIボーカルやアルゴリズミック・コンポジションを用いて、新たなヒューマニズムを探る ── そんな音楽を作っていたとしても不思議ではない。
彼は言うだろう。
「想像してごらん、すべての声が一つの音楽を奏でているところを。」

ジョン・レノンは、今も生きている ── その波形の中に
DAWを手にしたレノンは、ギターのようにMIDIノートをかき鳴らし、ベッドインではなくZoom越しに平和を訴え、アナログのノイズの代わりにホワイトノイズ・ジェネレーターで怒りを響かせていただろう。そして、彼が最後に行き着く音とは、デジタル処理の果てに残る“ただの声”だったのではないか。
雑味があり、揺らぎがあり、言葉にはならない吐息のような音。
そう、ジョン・レノンがDAWを使っても、最後にはきっと、生の声で「Imagine」と歌ったに違いない。
Epilogue:あなたが望むなら、それは今も続いている
彼が残した問いかけは、もはやCDでもレコードでもない。あなたのDAW、あなたの耳、あなたの声の中にある。革命とは、いつもあなたの側にあるツールを使って始まるものなのだ。
想像してみてほしい。
もしジョンが、あなたのパソコンを開いたとしたら、そこからどんな音を鳴らすだろうか?
たぶん、それはこうだ。
「君のDAWで世界を変えよう。今日から、ここから。」

Shin Kagawa:音楽の未来を自由に妄想し続ける、型破りな音楽ライター。AI作曲家による内省的なポップや、火星発のメロウ・ジャングルといった架空の音楽ジャンルに心を奪われ、現実逃避と未来の音楽シーンを行き来しながら執筆を続ける。幻想的なアイデアと現実のギャップを楽しむ日々の中で、好きな映画は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』。