[連載]JPOPと旅する:角松敏生のバブル期前後の東京ソング

東京を駆け抜けるサウンドの誕生

角松敏生の音楽を語るとき、しばしば「シティポップ」という言葉が用いられる。しかし、彼の描く東京像は、単なる都会的洗練にとどまらない。むしろそこには、疾走するビートの奥に、都市に生きる個人の孤独や焦燥が折り重なっている。

1980年代初頭、日本は高度経済成長を経て、消費社会の成熟へと向かっていた。ネオンが輝き、24時間営業の店が増え、深夜ラジオからは新しい洋楽の匂いが流れてくる。そんな都市の鼓動を、角松はリズム・プログラミングやファンク、AORの語法で描き出した。東京は彼にとって、単なる舞台装置ではなく、「音」で構築される空間だった。

彼の初期作品には、湾岸道路を走る車、摩天楼の灯り、夜更けのダンスフロアといったイメージが頻出する。それは具体的な地名の列挙というより、都市の速度そのものを体感させる描写である。音数の多いアレンジ、タイトなカッティングギター、跳ねるベースライン。これらが、東京という巨大都市の拍動を象徴する。

夜の東京と「アーバン・メランコリー」

角松の東京ソングの真骨頂は「夜」にある。昼の喧騒ではなく、終電後の静寂、あるいはパーティーの熱が冷めた瞬間の余韻。彼はその時間帯に宿る感情を、実に繊細に描いてきた。

代表曲の一つである「Tokyo Tower」(1985年、Sg)では、都市の象徴的存在を背景に、恋人たちの距離が静かに揺れる。タイトルに掲げられた「東京」という言葉は、単なる場所を示すのではなく、関係性の緊張を浮かび上がらせる装置として機能する。


また「Airport Lady」(1984年、Al『AFTER5CLASH』収録)では、羽田という都市の玄関口が、別れと再会の舞台としてロマンティックに描かれる。東京は常に「移動」と結びついている。人が流入し、去っていく都市。そのダイナミズムが、楽曲の構造そのものに刻まれている。

角松のバラードは、甘美でありながらどこか冷たい。シンセサイザーのパッドが広がる空間は、煌びやかな夜景の裏側に潜む孤独を思わせる。東京は光の都市であると同時に、影の都市でもある。その両義性を、彼は音響的コントラストによって表現してきた。

東京タワー
夕暮れの羽田空港と遠くに見える富士山

バブル都市の高揚と崩壊の予感

1980年代後半、東京はバブル景気の頂点へと向かう。ディスコや高級レストラン、ウォーターフロント開発。都市は加速度的に拡張していった。角松の楽曲もまた、そのエネルギーを吸収するかのようにスケールを増していく。

ダンサブルなナンバーでは、都会の享楽性が前面に出る。だが興味深いのは、その祝祭性の裏に、常に「刹那」の感覚が漂っていることだ。恋は一夜で終わるかもしれない。成功は永遠ではない。東京という都市の繁栄もまた、いつか終わる ── 。そうした予感が、コード進行の翳りや転調の妙に忍ばせられている。

1990年代に入り、バブルが崩壊すると、東京の風景も変化する。空き地になった再開発予定地、閑散とした商業施設。角松は活動休止を経て復帰するが、その後の作品群では、より内省的な東京像が描かれるようになる。都市は輝きを失ったのではない。むしろ過剰な光が剥がれ落ちたあと、素の姿が露わになったのである。

海と東京 ── 湾岸都市の視線

角松の音楽には「海」のイメージが色濃い。湘南やリゾート感覚と結びつけられることも多いが、東京という都市もまた、湾岸に開かれた海の都市である。


ベイエリアの夜景、レインボーブリッジ越しの光、倉庫街の無機質な空気。海風は、都市の熱を少しだけ冷ます役割を果たす。東京湾岸は、80年代以降、デートスポットや再開発エリアとして脚光を浴びた。角松の楽曲に漂う開放感は、こうした海辺の都市空間と響き合う。

都市の中心から少し離れた水際で、人はようやく本音を語ることができる。その構図は、彼のバラードに繰り返し現れる。東京は巨大だが、海に面しているという一点で、どこか逃げ場を持っている。角松の東京ソングは、その「逃げ場」を知っている音楽だ。だからこそ、都会的でありながら、どこか呼吸がしやすい。

東京湾岸

東京という永遠の現在

角松敏生の東京ソングを総覧すると、そこに描かれているのは「地理的な東京」以上に、「時間としての東京」であることがわかる。

80年代の高揚、90年代の静寂、そして21世紀の再編。都市は常に変化し続けるが、彼の音楽の中では、その瞬間ごとの東京が「永遠の現在」として封じ込められている。テンポの速い楽曲は、過ぎ去る時間を加速させる。バラードは、止まった時計のように夜を引き延ばす。

その両極を行き来しながら、角松は東京という都市を描き続けてきた。シティポップ再評価の潮流の中で、彼の楽曲は改めて世界的に聴かれている。しかし、単なる懐古的消費ではない。

彼の東京は、今なお更新され続ける都市そのものだからだ。高層ビルが建て替わり、駅が再開発されても、夜の孤独や恋の刹那は消えない。東京に生きる個人の感情は、時代を越えて共鳴する。

角松敏生の東京ソングは、都市を賛美する歌であると同時に、都市に呑み込まれそうになる個人の物語でもある。光と影、速度と静止、海と高層ビル。それらのコントラストの中で、彼の音楽は今日も鳴り続ける。

東京は変わる。だが、夜のどこかで、あのカッティングギターが鳴り出すとき、私たちは再び、あの時代の、あの瞬間の東京へと回帰するのである。

増淵敏之:法政大学文学部地理学科教授、専門は文化地理学。コンテンツツーリズム学会会長、文化経済学会〈日本〉特別理事、希望郷いわて文化大使、岩手県文化芸術振興審議会委員、NPO氷室冴子青春文学賞特別顧問など公職多数。Yahooエキスパートコメンテーター。主な単著に2010年『物語を旅するひとびと』(彩流社)、『欲望の音楽』(法政大学出版局)、2012年『路地裏が文化を作る!』(青弓社)、2017年『おにぎりと日本人』(洋泉社)、2018年『ローカルコンテンツと地域再生』(水曜社)、2019年『湘南の誕生』(リットーミュージック)、2020年『伝説の「サロン」はいかにして生まれたのか』(イーストプレス)、2021年『白球の「物語」を巡る旅』(大月書店)、2023年『韓国コンテンツはなぜ世界を席巻するのか』、2025年「ビジネス教養としての日本文化コンテンツ講座」(徳間書店)など多数。1957年、札幌市生まれ、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、学術博士。NTV映像センター、AIR-G’(FM北海道)、東芝EMI、ソニー・ミュージックエンタテインメントにおいて放送番組、音楽コンテンツの制作及び新人発掘等に従事。

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