
民族音楽は、その土地の暮らしや風土、信仰、歴史を音に刻み込んだ、人類の“声”である。電子音が世界を席巻する今もなお、世界各地には太鼓や笛、声と手拍子だけで継承されてきた音楽文化が息づいている。この連載では、アフリカのサバンナからアジアの山岳地帯、南米の密林から極北のツンドラ地帯まで、世界中の知られざる民族音楽を訪ね歩く。単なる紹介にとどまらず、その背景にある文化や物語にも光を当て、音楽を通じて世界をより深く知る旅へと誘う。音の地球儀を、いま一緒に回しはじめよう。
世界には「多様な音楽」がある。だがパプアニューギニアは、その一言では到底足りない。
ここは、世界最多級の言語数(800以上)を抱える島国。つまり、800以上の世界観、800以上の音の組み立て方が同時に存在する場所である。
アマゾンが「森と交信する音楽」なら、アボリジニが「大地を歩く音楽」なら、チベットが「時間を止める音楽」なら ── パプアニューギニアは、声そのものが森へと変貌する音楽だ。
音は”重なる”のではない、”生い茂る”のだ
西洋的なポリフォニーは、複数の旋律が秩序立って重なる構造である。だがパプアニューギニアの多声は違う。それは設計されたハーモニーではない。密林のように、無数の声が同時に芽吹き、絡まり、消え、また立ち上がる。
代表的な例が、マウント・ボサビ北側の山麓地域(南部高地州、グレート・パプアン・プラトー)に暮らすカリウリ(Kaluli)族に伝わる儀礼歌「ギサロ(Gisalo)」である。
この音楽を聴くとき、「美しい旋律」を探してはいけない。聴くべきなのは、声が森の空間を横断していく方向である。
ギサロ──歌は痛みによって完成する
ギサロの儀礼は、夜明けまで続く一夜の集会(ロングハウス)で行われる。客として訪れた集団の歌い手たちが、亡くなった肉親や故郷の場所を想起させる歌と踊りを披露する。
聴衆はやがて感極まり、泣き崩れ、怒り、そして ── 燃える松脂のたいまつを歌い手の肩や背中に押しつけ、焼く。歌い手はそれを受け入れる。逃げない。なぜか。
歌は、ただ歌われるだけでは足りないからだ。身体を通して、感情と記憶を現実化する必要がある。ここで音楽は娯楽を完全に超える。それは感情の再生装置であり、共同体の再起動装置なのだ。
鳥になる声
パプアニューギニアの音楽を語るうえで欠かせないのが、鳥の声との深い結びつきである。
カリウリ族は、自らの音楽を森の鳥たちの声と重ね合わせる。特に「ムニ鳥(Muni bird)」 ── 美しい果実バト(Ptilinopus pulchellus) ── の鳴き声は、悲しみや別離の象徴として歌に深く織り込まれている。カリウリの神話「ムニ鳥になった少年」がその根底にあり、ギサロの旋律の輪郭はこの鳥の鳴き声を音型として写し取ったものとされる。
人は鳥を模倣するのではない。鳥の時間を生きる。
そのとき声は旋律ではなく、森の空間を横断する線となる。
この録音では、音楽と環境音の境界が完全に消滅する。
ここにいるのは、演奏者ではなく、森の住人である。
叫び、裏声、滑走する旋律
パプアニューギニアの多くの部族音楽では、声は安定しない。
叫ぶ。跳躍する。裏返る。滑る。
音程は固定されず、リズムも揺れる。だがそこに無秩序はない。それは、自然界の音響構造に即した秩序である。
森の中で音は直線的に進まない。木々に反射し、吸収され、揺らぎ、消える。その音響環境に最適化された声が、ここにある。
仮面と身体──音は視覚と分離しない
パプアニューギニアの儀礼音楽は、しばしば仮面や身体装飾と一体化している。東部高地州ゴロカ近郊に暮らすアサロ族(Asaro Mudmen)の泥仮面もその一例だ。
なお、この「マッドメン」の儀礼が広く知られるようになったのは1957年の東部高地農業ショーへの出場がきっかけであり、現在の形は観光・文化発信の文脈とも深く結びついている。その起源についても複数の伝承が並存しており、一枚岩の「古代からの伝統」とは言いがたい。それでも、泥仮面と全身を覆う白灰色の粘土、ゆっくりと迫るような身体表現は、独自の美学と力を持った表現形式である。
ここで重要なのは、音が単独で存在しないこと。視覚、身体、空間、恐怖、驚き ── すべてが同時に立ち上がる。音楽は、総合的な体験の一部であり、決して「耳だけの芸術」ではない。
音楽は”共同体の神経網”である
パプアニューギニアでは、音楽は個人の所有物ではない。作曲家もスターもいない。歌は土地に属し、集団に属し、時に交換され、時に奪われる。声は神経網のように共同体をつなぎ、儀礼の場でその回路が再接続される。
ギサロで松脂が押しつけられる瞬間、痛みは単なる攻撃ではなく、回路が通電する合図なのである。
迷宮とは何か
「多声の迷宮」と呼んだが、それは複雑だからではない。迷宮とは、中心が存在しない構造のことだ。
パプアニューギニアの音楽には、主旋律も、伴奏も、指揮者もない。すべての声が中心であり、すべての声が周縁である。
それは森と同じ構造だ。一本の木が森を代表することはない。
現代との接続
近年、パプアニューギニアの伝統音楽は録音やフェスティバルを通じて外部世界と接続しつつある。しかし本質は変わらない。
音楽はステージの上ではなく、共同体の内部で完成する。それは観客の拍手ではなく、泣き声や痛みや沈黙によって完結する。
声は風景になる
森(アマゾン)では、音は自然と交信していた。大地(アボリジニ)では、歌は土地を歩かせた。時間(チベット)では、声明が現在だけを残した。そしてパプアニューギニアでは ── 声そのものが風景になる。
音楽は場所を描写しない。音楽がそのまま場所になる。それは、音楽を「作品」として消費する文化とは、根本的に異なる在り方だ。
パプアニューギニアの多声は教えてくれる。世界は調和している必要はない。ただ、同時に鳴っていればいい。迷宮とは混乱ではない。それは、中心を持たない豊穣である。
そしてその中心なき豊穣こそが、この地球における音の本来の姿なのかもしれない。

Sera H.:時代を越える音楽案内人/都市と田舎、過去と未来、東洋と西洋。そのあわいにいることを好む音楽ライター。クラシック音楽を軸にしながら、フィールド録音やアーカイブ、ZINE制作など多様な文脈で活動を展開。書くときは、なるべく誰でもない存在になるよう心がけている。名義の“H”が何の頭文字かは、誰も知らない。







