[連載]JPOPと旅する:青森駅とマニ☆ラバ ── ご当地ソングが生んだ青春と旅情の聖地巡礼

はじめに

青森県出身の青春パンクバンド、マニ☆ラバによる「青森駅」は、2005年に発表されて以来、地元と深く結びつきながら語り継がれてきたご当地ソングである。発売当初は県内限定のシングルにすぎなかったが、やがて全国に広がり、今では青森を象徴する音楽として定着した。この楽曲は単に人気を博しただけでなく、青森駅という空間を新たな「聖地」とし、ファンや観光客を引き寄せる力を持つに至った。

以下では「青森駅」の誕生から人気拡大の経緯、再結成と新録バージョンの制作、ミュージックビデオのロケ地、そして実際に訪れるべき聖地巡礼ポイントまでを網羅し、楽曲と地域の結びつきを総合的に見ていきたい。

「青森駅」の誕生と広がり

2005年4月13日、マニ☆ラバはシングル「青森駅」を青森県限定でリリースした。当初はローカル盤として静かなスタートであったが、口コミや地元メディアを通じて注目を集め、発売1か月でおよそ5000枚を売り上げたという。これは県内アーティストとしては異例の数字であり、その勢いに後押しされるかたちで急遽全国発売が決定した。

県内ではJR駅構内や売店でCD販売が行われ、駅BGMとしても楽曲が流された。さらに駅前やホームでのフリーライブが展開され、地元ファンとの距離を縮めたことが人気に拍車をかけた。結果として「青森駅」は、当時の全国的なヒット曲を抑えて県内チャートの首位を独走することになった。

シングルのジャケットには、旧青森駅舎の5番線ホームが採用されている。そこには雪に覆われたホームで列車を見送る風景が写し込まれ、集団就職や上京といった時代の記憶を呼び覚ます力を持っていた。駅長も「この歌には雪国の別れと故郷を思い起こさせる懐かしさがある」と語っている。

マニ☆ラバ(正式表記:マニ★ラバ)は、青森県立青森工業高校出身のメンバーによって結成された青春パンクバンドである。地元に根差した活動を続け、熱量あるステージとまっすぐな歌詞で支持を集めたが、2007年に一度解散を迎えた。

しかし2019年、彼らは再び集結することになる。契機となったのは、青森駅が60周年を迎えるという出来事であった。駅という象徴的な存在と、自らの代表曲「青森駅」との結びつきは強く、再結成は必然でもあった。

「青森駅2019」と再結成ライブ

2019年、マニ☆ラバは代表曲を新たにレコーディングし直した「青森駅 2019」を制作した。これは翌2020年3月に青森駅と青い森鉄道が還暦を迎えることを記念し、駅構内BGMとして提供されたものである。以降、このバージョンが駅舎内で終日流れており、観光客や通勤客は無意識のうちに耳にしている。

同年10月には、母校である青森工業高校の文化祭「青工祭」にて再結成ライブが行われた。恩師の還暦祝いと再結成を兼ねたこのステージは、関係者と在校生のみが見届けた特別な時間であった。さらに12月には駅舎と駅ビル「ラビナ」の間にある広場「エビナ」にて、駅開業60周年を祝う復活ライブも開催され、ここでも「青森駅」が披露された。駅そのものを舞台にしたライブは、まさに聖地巡礼的な出来事であった。

MVの撮影地と映像美

「青森駅」のミュージックビデオは2005年2月、真冬の青森で撮影された。舞台となったのは青森駅のホームだけではなく、外ヶ浜町の雪景色でもあった。外ヶ浜町は津軽半島の付け根に位置し、冬になると海風と雪が交錯する厳しい自然環境に包まれる。映像には一面の白に閉ざされた線路や風景が映し出され、歌詞に込められた別れの切なさをより際立たせていた。

またMVには、モデルで歌手の久米田美穂が出演し、物語性を強めている。大雪のなかでの撮影は過酷であったが、その臨場感が作品全体のリアリティを支えた。今見返しても、雪煙の舞う情景は旅立ちの瞬間の胸の痛みを鮮やかに思い起こさせる。

聖地巡礼の旅

「青森駅」を深く味わうためには、実際に土地を歩き、空気を吸い込み、耳を澄ませることが最も有効である。以下では、聖地巡礼の要となる場所を紹介する。

まず欠かせないのは、旧駅舎時代の5番線ホームである。現在では姿を変えてしまったが、ジャケット写真やMVの印象から、かつてのプラットホームに立った人々の姿を想像することはできる。雪に覆われた線路や跨線橋からの眺めは、当時の旅情を追体験させるに十分である。

次に外ヶ浜町を訪れるとよい。MVの舞台となった雪景色は、厳しい冬の自然の中でしか出会えない表情を持つ。具体的な撮影地点は公表されていないが、町を歩き、津軽海峡の風を浴びれば、映像で感じた切なさと重なる瞬間に出会えるだろう。「ここがその場所かもしれない」と思いを巡らせること自体が、巡礼の一部なのである。

観瀾山海水浴場(外ヶ浜町)

そして現在の青森駅舎もまた聖地である。駅構内では「青森駅 2019」が常時流れており、旅人は足を止めることなくしても楽曲を耳にする。ここでは歌が駅の日常の一部として機能しており、もはや「ご当地ソング」を超えて「駅のテーマ曲」となっている。

さらに忘れてはならないのが青森工業高校である。一般には公開されていない場所ではあるが、バンドの原点であり、2019年に再結成ライブが開かれた場所である。校門前に立つだけでも、青春の時間と歌の出発点を想起できるだろう。「明日の朝 君は発つ 向かう東京行きのホーム」という歌詞は、地方から都会へ旅立つ人々の姿を鮮やかに描き出している。雪国の駅で交わされる別れは、誰もが経験したことのある普遍的な感情と結びつき、聴く者の心に響く。

マニ☆ラバが青森出身であることが、このリアリティを支えている。単なる創作ではなく、実際の生活と体験が反映されているからこそ、県内外を問わず多くの人々に共感を呼んだのである。

終わりに

「青森駅」は、地元発の楽曲がどのようにして地域文化の象徴となり得るかを示した好例である。発売当初の盛り上がり、解散と再結成、駅の還暦祝いでの再録とライブ、そして今も流れ続けるBGM。これらすべてが重なり合い、一つの楽曲が街や人の記憶と結びついてきた。

聖地巡礼は、単なる観光以上の意味を持つ。雪に包まれた外ヶ浜の風景や駅のホームに立てば、歌詞と旋律が新たな実感をもって胸に迫ってくるだろう。青森駅は単なる交通拠点ではなく、音楽を通じて生き続ける「記憶の舞台」である。

マニ☆ラバの「青森駅」を聴きながらその場に立てば、過去と現在、そして未来をつなぐ旅情の物語が、確かにそこに息づいていると感じられるはずだ。

増淵敏之:法政大学文学部地理学科教授、専門は文化地理学。コンテンツツーリズム学会会長、文化経済学会〈日本〉特別理事、希望郷いわて文化大使、岩手県文化芸術振興審議会委員、NPO氷室冴子青春文学賞特別顧問など公職多数。Yahooエキスパートコメンテーター。主な単著に2010年『物語を旅するひとびと』(彩流社)、『欲望の音楽』(法政大学出版局)、2012年『路地裏が文化を作る!』(青弓社)、2017年『おにぎりと日本人』(洋泉社)、2018年『ローカルコンテンツと地域再生』(水曜社)、2019年『湘南の誕生』(リットーミュージック)、2020年『伝説の「サロン」はいかにして生まれたのか』(イーストプレス)、2021年『白球の「物語」を巡る旅』(大月書店)、2023年『韓国コンテンツはなぜ世界を席巻するのか』、2025年「ビジネス教養としての日本文化コンテンツ講座」(徳間書店)など多数。1957年、札幌市生まれ、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、学術博士。NTV映像センター、AIR-G’(FM北海道)、東芝EMI、ソニー・ミュージックエンタテインメントにおいて放送番組、音楽コンテンツの制作及び新人発掘等に従事。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

  • URLをコピーしました!