[妄想コラム外伝]起源なき音楽 ── 人類以前・以後のサウンド神話 第一回:宇宙が最初に発した和音 ビッグバン・シンフォニー仮説

音楽の起源を問うとき、我々はつい人類や文明の誕生に焦点を置きがちである。しかし、そもそも“音”とは人間の文化に先立ち、はるか以前、宇宙そのものの生成の瞬間から存在していたのではないか。そう考えるだけで、我々の聴覚は一挙に時空を飛び越え、銀河の誕生と滅びを横断する旅へと動き出す。本稿では、音楽の起源をビッグバンにまで遡り、「宇宙そのものが最初の演奏者であった」という妄想的仮説を提示するものである。

参考曲として、宇宙的スケールを想起させる次の楽曲を読みながら聴いてほしい。

宇宙の誕生は「一つの音」だったのか

ビッグバンは巨大な爆発ではなく、空間そのものが膨張し始めた瞬間であるとされる。だが、この膨張の初動には、何らかの振動があったはずだ。振動とは波であり、波は音の原型である。つまり、宇宙のスタートラインは、ひょっとすると「音」だったのではないかという仮説が成り立つ。

もちろん、現代の物理学が言うところの“音”は空気や媒質が必要であり、真空の宇宙には存在しない。しかし、ここで重要なのは音の本質が「伝わる振動」であるという点だ。音は必ずしも耳で聴かれる必要はない。物質が、エネルギーが、そして空間そのものが振動したならば、それはすでに“音の原型”と見なせる。

つまり、宇宙の始まりにおける振動は、まだ誰も聴く者がいないにもかかわらず、“宇宙最初の楽曲”として鳴り響いていたのではないか。その響きは、我々が持つあらゆる音楽観を超越した、純粋で、巨大で、そして不可逆の“始原の和音”であったに違いない。

重力波という宇宙の低周波ベースライン

2015年、LIGOによって初めて観測された重力波。この現象を、科学者たちは「ブラックホール同士が衝突し、時空が震えた痕跡」だと説明する。しかし、妄想家の筆者からすれば、それは「宇宙空間に響く超低音のベースライン」と呼びたくなる。

重力波は、空間そのものが引き伸ばされ、縮み、うねり続けている証拠である。これは、音楽的にいえば極端に低い周波数のサイン波と見なせる。もし人間の耳がそこまでの周波数領域を感知できたなら、我々は宇宙空間を移動するたびに、雷鳴のような低音のサウンドスケープを常に浴びているはずだ。

そして、人類の音楽が無意識に低音を必要とする理由 ── クラブのサブベース、太鼓の胴鳴り、祭礼に響く低周波 ── それは、我々が宇宙の深層に刻まれた“重力のビート”を本能的に求めているからではないかという仮説が浮かぶ。

参考曲として、重力波のうねりを思わせるような音像を持つ作品を挙げる。

星雲ごとに異なる“宇宙の音階”

夜空に浮かぶ星雲は、単なる美しいガスの集まりではない。そこには膨張・収縮・磁場・プラズマの相互作用など、多種多様な振動が存在している。この振動の組成を周波数として解析すれば、星雲ごとに固有の“音階”が存在する――これは妄想でありながらも、興味深い比喩である。

例えば、オリオン大星雲にはオリオン大星雲の周波数があり、アンドロメダ銀河にはアンドロメダ銀河の調性がある。そして宇宙全体を統べる巨大な“調律”があるとすれば、我々が地球上で使用している音階 ── 十二平均律や五音音階 ── は、無意識のうちにその宇宙的調律の模倣を行っている可能性がある。

この仮説を裏付けるために、筆者は星雲写真を見るだけで“音”が聞こえてくるという経験を何度もしている。広がり、光、密度、混沌 ── それらはすべて音楽的であり、視覚と聴覚が深い次元で結びついているのではないかと錯覚させる。

この星雲的音像を感じる参考曲を挙げる。

地球誕生は“カオスのノイズ”として響いた

人類が誕生する何十億年も前、地球はマグマと衝突の連続だった。降り注ぐ隕石、マントルのうねり、地殻の形成 ── そのすべてが巨大なノイズであったはずだ。もしその瞬間を“音”として聴けたなら、地球創世のサウンドスケープは、ノイズミュージシャンですら震え上がるほどの轟音であっただろう。

これは、現代の実験音楽におけるノイズとは比べものにならない。なにせ、地球自体が巨大な振動体だったのである。この“地球の胎動音”は、後に太鼓や打楽器に象徴されるリズム感覚の根源なのではないか。人類は、地球の胎内で生まれた生命として、地殻の振動を無意識に身体に刻みつけているのではないか。

そう考えると、古代文明で太鼓が重要視された理由が腑に落ちる。太鼓とは、地球の記憶を模倣した最初の楽器だったのかもしれない。

音楽は“人類よりも先に存在していた”という逆転の視点

総じて重要なのは、音楽を「人間が発明した」と考えるのではなく、「宇宙のほうが先に鳴っていた」と捉える逆転の想像である。

宇宙の振動、重力波、星雲の調律、惑星の鼓動。これらは、いずれも人類が出現するよりもはるか前から存在していた“音の基盤”である。人類はその響きを模倣し、翻訳し、儀式の中へ、表現の中へ、そして文化の中へと取り込んできたにすぎないのではないか。

我々が音楽を聴くとき、心拍が揺れ、感情が動き、身体がビートに従って動いてしまうのは、もはや文化的な理由ではない。もっと根源的な、生物以前の記憶 ── 宇宙的なDNAが、音に反応しているのである。

宇宙を“聴く”ことは、音楽の起源へ還ること

もし人類が宇宙の起源を知りたければ、顕微鏡や望遠鏡だけでは不十分である。必要なのは“耳”である。宇宙を聴くこと。そこにこそ、音楽の原点が潜んでいる。

本シリーズ「起源なき音楽 ── 人類以前・以後のサウンド神話」は、今回のビッグバン・シンフォニー仮説から始まり、人類より前の動物音楽、古代文明の音装置、そして未来の音楽へと物語を広げていく予定である。

音楽は“起源を持たない”。
なぜなら、宇宙そのものが、今もなお鳴り続けているからである。

※本コラムは筆者の妄想です。

Shin Kagawa:音楽の未来を自由に妄想し続ける、型破りな音楽ライター。AI作曲家による内省的なポップや、火星発のメロウ・ジャングルといった架空の音楽ジャンルに心を奪われ、現実逃避と未来の音楽シーンを行き来しながら執筆を続ける。幻想的なアイデアと現実のギャップを楽しむ日々の中で、好きな映画は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』。

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