[オジー・オズボーンという神話]第6回:死と向き合う音楽 ── オジー・オズボーンという永遠

2025年7月22日、世界はロック界最大の伝説の一つを喪った。76歳で息を引き取ったオジー・オズボーン ── “Prince of Darkness”は、パーキンソン病と長年の身体的トラブルを抱えながらも、最後まで音楽と存在をかけて戦った。そして、その直前にバーミンガムで行われたブラック・サバスの慈善フェアウェルライブ「Back to the Beginning」は、まさに彼の人生を締めくくる舞台となった。二度と戻れないステージでの姿は、“永遠”の証言でもあった。

最後の舞台:バーミンガムでの「Back to the Beginning」

2025年7月5日、バーミンガムのヴィラ・パークは、故郷への帰還を望んだオジーとブラック・サバスの原点を祝福する“最後の宴”となった。ホームタウンであるこの会場で、45,000人の観客とピーク580万人のライブ視聴者に見守られ、バンドは原点回帰を象徴するセットリストを披露した。

オジーは、重度のパーキンソン病と脊髄手術後の体調不良によって立つことができず、レザー製の“蝙蝠の玉座”に腰掛けながら歌った。彼はステージ上で「6年寝たきりだった」と自身の声に限界があることを告白したが、それでも「ありがとう、本当に心の底から」と静かに感謝を述べた瞬間は、まさに詩的で魂の旅の終幕だった。

曲目は『Paranoid』『Iron Man』『War Pigs』『Mama, I’m Coming Home』『Crazy Train』などの代表曲を含む4曲のみだったが、その短さがかえって伝説性を深めた。「最も偉大なヘヴィ・メタル・ショー」と称されるこのステージは、トム・モレロ指揮により、メタリカ/ガンズ・アンド・ローゼズ/スレイヤー/パンテラ/トゥール/ゴジラ/アリス・イン・チェインズ/ラム・オブ・ゴッド/アンスラックス/マストドン/ヘイルストームといったバンドをはじめ、トム・モレロ(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン)/ビリー・コーガン(スマッシング・パンプキンズ)/デヴィッド・ドレイマン(ディスターブド)/ダフ・マッケイガン & スラッシュ(ガンズ・アンド・ローゼズ)/フランク・ベロ & スコット・イアン(アンスラックス)/フレッド・ダースト(リンプ・ビズキット)/ジェイク・E・リー(元オジー・バンド)/ジョナサン・デイヴィス(コーン)/ケイ・ケイ・ダウニング(元ジューダス・プリースト)/リジー・ヘイル(ヘイルストーム)/マイク・ボーディン(フェイス・ノー・モア)/ルディ・サーゾ(クワイエット・ライオット/オジー・バンド)/サミー・ヘイガー/ザック・ワイルド(元オジー・ギタリスト)といったスペシャルバンド&参加アーティストたちが出演、加えてジャック・ブラック(「ミスター・クロウリー」カバー)、ジェイソン・モモア(司会進行)といった、オールスター構成と5時間に及ぶ演出の中で演奏された。

トニー・アイオミは後に「オジーは立って歌いたかった。だが体がついてこなかった。その苛立ちは伝わってきた」と振り返り、バンド仲間としての深い尊敬と悲しみを語っている。

最後の光:逝去とその瞬間

その17日後の7月22日、オジーは自宅近くのバッキンガムシャーで息を引き取った。家族に囲まれ、「愛に包まれて静かに逝った」とされる。救急ヘリが出動し、医療スタッフが2時間にわたり蘇生を試みたが、彼の魂は安らかに昇ることとなった。

妹たちは「彼は自分が戻りたいと言っていたバーミンガムへ帰れて嬉しかった」と述懐し、最終的に彼が“ジョン”として姉妹にとっても愛すべき兄だったと語っている。

死と向き合う音楽 ── 最後まで歌い続けた理由

オジーは2003年にパーキンソン病と診断され、その後の身体的障害の中で音楽活動を続けてきた。ステージで立てなくなっても、彼は座りながら歌い続けた。それは、音楽によって“生きる意味”を示し続けるという意思表示でもあった。

彼の歌詞は死、孤独、希望、救済を希求する内容が少なくなく、代表曲「Crazy Train」や「Suicide Solution」「Mama, I’m Coming Home」には、誰もが直面する終末観と再生の二面性が混在している。

この最終ライブは、“声が衰えても魂は衰えない”というメッセージだった。人々は彼の限界を知りながらも、その情熱と意思を感じ取り、涙し、拍手した。

遺されたもの──遺産と影響

オジーは音楽活動だけでなく、OzzfestやリアリティTV、ブランド展開を通じて、世界で約2億ドル(約2,200億円)規模の資産を残した。家族はその意志を継ぎながら、慈善や文化的プロジェクトを続けている。

音楽界では、彼が創り上げたサウンドと精神性は数多くの後進に受け継がれ、今やメタルは文化の文脈から外れることのない存在となった。彼の声と世界観を模倣する者はいても、エッセンスを超える者はいない。

彼の人生は“異端者が世界と共鳴する方法”を示した。戦争や死、宗教への挑発を恐れずに音を突きつけたことで、メタルというジャンルは“音楽としての芯”を得た。そして彼の肉声は、誰もが孤独や恐れと向き合う勇気をくれた。

終幕、そして新たな旅立ち

「Back to the Beginning」は、文字通りバンドの始まりの地で演じられた最後の劇場だった。だが、その劇場はオジーの死と共に終わったわけではない。むしろそこで生まれた“物語”こそが永久に語り継がれるものとなった。

彼が作り続けた音楽とパフォーマンスは、これからも新世代の耳に響くだろう。狂気、光、闇、そして希望 ── それらはすべて彼の声の中に吹き込まれていた。それが、オジー・オズボーンという永遠だ。

Jiro Soundwave:ジャンルレス化が進む現代音楽シーンにあえて一石を投じる、異端の音楽ライター。ジャンルという「物差し」を手に、音の輪郭を描き直すことを信条とする。90年代レイヴと民族音楽に深い愛着を持ち、月に一度の中古レコード店巡礼を欠かさない。励ましのお便りは、どうぞ郵便で編集部まで──音と言葉をめぐる往復書簡を、今日も心待ちにしている。

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