
イギリス中部、バーミンガム。産業革命の中心地として知られるこの街は、かつて煙突と鉄工所の森であった。霧と煤(すす)に覆われたその風景は、人間の精神までも黒く塗りつぶしてしまいそうなほど重たい。そんな町に、1948年、ひとりの少年が生まれる。名をジョン・マイケル・オズボーン。後に“プリンス・オブ・ダークネス”として世界にその名を轟かせる、オジー・オズボーンである。
貧困と無理解のなかで
オジーの家は決して裕福ではなかった。父親は工具工場で働く労働者、母親は金属部品工場でパートタイム勤務。6人兄弟の四男として育ったオジーは、当たり前のように貧しさと隣り合わせの暮らしを送り、学校でも教師からは問題児扱いされていた。のちに判明するが、彼はディスレクシア(読字障害)を抱えていた。しかし当時は理解されることなく、ただ「読めない」「勉強ができない」というレッテルを貼られた。
成績は低く、自己評価もどん底。だが彼には他の誰にもない独自の“センス”があった。独特のユーモア、突き抜けた声、そして妙なカリスマ性である。彼のニックネーム「オジー」もこの頃に定着する。周囲の誰よりも“変わり者”として扱われながら、彼はその異端性をどこかで楽しんでいたようにも見える。
ビートルズと出会った夜
そんな彼にとって、人生を決定的に変える音楽体験があった。それは、ビートルズの「She Loves You」をラジオで聴いた瞬間である。彼は後にこう語っている。
「あの瞬間、自分の人生が変わったのがわかった。あれはただのポップソングじゃない。俺にとっての救世主だったんだ」
家庭にギターがあるわけでもない。音楽教育を受けられるような環境でもない。それでも彼は、ビートルズのコピーバンドをやりたい一心で、仲間たちと安物の機材をかき集めて音楽活動を始める。彼の初期のバンド「Rare Breed」はほとんど注目されなかったが、そこに参加していたギタリストのギーザー・バトラーと後に再会することになる。
オジーはまた、自ら広告を出して「バンドメンバー募集中」と呼びかけた。その広告を見てやって来たのが、後の運命のパートナー、トニー・アイオミであった。
アイオミ、バトラー、ワード ── 呪われた4人組の誕生
オジー、アイオミ、バトラー、そしてドラマーのビル・ワード。彼らは最初「Polka Tulk Blues Band」と名乗り、その後「Earth」という名前で活動を開始した。ブルースをベースにしたロックを演奏していたが、次第にそのサウンドはより重く、暗く、異様な雰囲気をまとい始める。
ある日、バトラーがマリオ・バーヴァ監督のホラー映画『ブラック・サバス/恐怖!三つの顔』を観てこう呟いた。
「人はホラー映画を観て喜んでる。じゃあ、ホラー映画みたいな音楽を作ったらどうだ?」
この一言が、音楽史を変えることになる。彼らはバンド名を「ブラック・サバス」に変更し、1969年から本格的な活動を開始。オジーの甲高く不安を煽るようなヴォーカルと、アイオミの鈍く重たいリフが合わさることで、これまでにない音楽 ──すなわち“ヘヴィメタル”が胎動を始めた。
「Black Sabbath」──悪夢の音楽が世界を変える
1970年2月、デビューアルバム『Black Sabbath』が発表される。雨音、鐘の音、そしてあの不穏なトリトン(三全音)によるイントロで幕を開けるタイトル曲「Black Sabbath」は、まさに音の黒魔術であった。
その頃のロックといえば、ヒッピー文化やラブ&ピースを掲げた明るいムードが主流であった。しかしブラック・サバスは正反対。戦争、死、悪魔、精神の崩壊といった暗黒面を全面に押し出す。こうした路線は当初、批評家からは酷評される。しかし、若者たちは熱狂した。なぜなら、彼らが感じていた“閉塞感”や“恐れ”を、そのまま音にしてくれていたからである。
アルバム『Paranoid』(1970)で収録された「Iron Man」「War Pigs」「Paranoid」などは今やメタルの古典である。とくに「Paranoid」は急ごしらえで書かれた曲だったが、逆にそのシンプルさが爆発力を生み、彼ら最大のヒットとなった。
暴走する日常、そして“異端のカリスマ”の完成
この頃から、オジーのパーソナリティは“ただのヴォーカリスト”ではなく、“ステージ上の狂気”として際立ち始める。ライブでは叫び、笑い、時に奇声を発し、観客をあおる姿はまるで悪魔の使者。だがそれは計算されたパフォーマンスというより、彼の“素”であった。
彼は酒とドラッグに溺れながらも、どこか子供のように無邪気で、無鉄砲だった。その危うさと魅力が奇妙なバランスで同居し、ファンを惹きつけたのである。
また、バンドメンバーとの関係性も複雑だった。とくにトニー・アイオミとの間には、音楽的には絶対の信頼がありつつも、人格的な衝突が絶えなかった。だが、その緊張感こそが、ブラック・サバスという“世界最悪のバンド”を成り立たせていたのである。

結び ── 異端の夜明け
こうして、バーミンガムのただの“問題児”は、メタルという新たなジャンルの旗手となり、時代の先頭に立つことになる。しかし、これはまだ序章に過ぎない。70年代後半、バンド内の対立と依存症によって、オジーはブラック・サバスを追われることになる。だが彼はそこで終わらなかった。むしろ、そこからが本当の地獄巡り ── いや、ロックンロールの神話の始まりだったのである。

Jiro Soundwave:ジャンルレス化が進む現代音楽シーンにあえて一石を投じる、異端の音楽ライター。ジャンルという「物差し」を手に、音の輪郭を描き直すことを信条とする。90年代レイヴと民族音楽に深い愛着を持ち、月に一度の中古レコード店巡礼を欠かさない。励ましのお便りは、どうぞ郵便で編集部まで──音と言葉をめぐる往復書簡を、今日も心待ちにしている。