
ジャズは20世紀初頭のアメリカで誕生し、その後100年以上にわたり進化を続けてきた音楽である。ニューオーリンズの街角で生まれた即興演奏は、やがてスウィング時代のダンスミュージックへと発展し、ビバップによって知的な芸術へと昇華された。さらに、モード・ジャズやフリー・ジャズが新たな表現を切り拓き、フュージョンやスムース・ジャズが多様なリスナーへと広がっていった。
そして2000年代以降、ジャズはヒップホップやエレクトロニカ、ワールドミュージックと融合しながら、新たな時代を迎えている。ロバート・グラスパーやカマシ・ワシントンが現代ジャズを牽引し、UKジャズシーンではシャバカ・ハッチングスやアルファ・ミストが独自の進化を遂げている。
今もなお変化し続けるジャズ。その歴史を紐解きながら、音楽の魅力と未来を探っていこう。
クール・ジャズとハード・バップ:1950年代ジャズの二大潮流
1950年代のジャズは、新しい音楽的アプローチが次々と生まれた時代だった。1940年代のビバップが持つ激しいテンポや複雑なハーモニーは、ジャズを高度な芸術音楽へと発展させた。しかし、それに対する反動から、より洗練された「クール・ジャズ」と、より土着的で力強い「ハード・バップ」という二つの潮流が登場することになる。それぞれの特徴と代表的なアーティストについて詳しく見ていこう。
クール・ジャズ:静けさの中の美学
クール・ジャズとは?
クール・ジャズは、1949年から1950年代前半にかけて発展したスタイルで、ビバップの複雑な即興演奏を受け継ぎながらも、より穏やかで洗練されたアプローチをとった。ビバップの激しさに対し、クール・ジャズはリリカルでメロディアスな演奏を重視し、アンサンブルのバランスや繊細な表現に重点を置いたのが特徴である。
このスタイルの誕生には、クラシック音楽の影響が大きく関わっている。西洋のクラシック音楽におけるアンサンブル技法や管楽器の響きが取り入れられ、従来のジャズよりも構築的なアレンジが施された。テンポは比較的ゆったりしており、フレーズの間に「間(ま)」を活かした表現が多いのも特徴だ。
代表的なアーティストと作品
マイルス・デイヴィス『Birth of the Cool』 (1957)
クール・ジャズの代表的な作品とされるのが、マイルス・デイヴィスが中心となり制作したアルバム『Birth of the Cool』である。実際の録音は1949年から1950年にかけて行われたが、1957年にまとめられてリリースされた。この作品では、編成にフレンチホルンやチューバといったクラシック寄りの楽器を取り入れ、室内楽的な響きを生み出している。洗練されたアレンジとソフトなトーンが、従来のジャズとは一線を画すサウンドを作り上げた。
デイヴ・ブルーベック『Time Out』 (1959)
ピアニストのデイヴ・ブルーベックもクール・ジャズの代表的存在である。彼の最大の功績は、ジャズにおいて斬新な拍子を取り入れたことだ。1959年のアルバム『Time Out』では、4拍子ではなく5拍子や7拍子といった変拍子を用い、リズムの可能性を広げた。中でも「Take Five」は、ジャズ史上最も有名な楽曲の一つとして広く知られている。
クール・ジャズの影響
クール・ジャズの持つ洗練された響きは、後のモダン・ジャズに大きな影響を与えた。特に、ECMレーベルから発表されたヨーロッパ系ジャズや、アンビエント・ジャズと呼ばれるスタイルにもつながる要素を持っている。
ハード・バップ:熱量とグルーヴの融合
ハード・バップとは?
クール・ジャズが洗練と静寂を追求したのに対し、ハード・バップは真逆の方向へ進んだ。ビバップを土台にしながら、ゴスペルやブルース、リズム&ブルース(R&B)の要素を取り入れ、より黒人音楽のルーツに根ざした表現を求めたのがハード・バップの特徴である。
リズムはより力強く、ビート感が強調されるようになった。また、アドリブ(即興演奏)においても、感情を前面に押し出したソロが多く、プレイヤーの個性が色濃く表れる。クール・ジャズがアンサンブルの緻密さを追求したのに対し、ハード・バップは一人一人のプレイヤーが情熱的に演奏するスタイルが魅力だ。
代表的なアーティストと作品
アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ『Moanin’』 (1958)
ハード・バップを代表するドラマー、アート・ブレイキーは、ジャズ・メッセンジャーズというバンドを率い、多くの若手ジャズマンを育てた。彼の代表作『Moanin’』は、ゴスペルの影響を色濃く受けた楽曲で、シンプルなフレーズと強烈なスウィング感が特徴的である。
ホレス・シルヴァー『Song for My Father』 (1965)
ホレス・シルヴァーは、ファンキーなピアノスタイルで知られるハード・バップの重要人物。彼の代表作『Song for My Father』は、ブラジル音楽の影響を受けたメロディと、リズミカルなピアノのフレーズが特徴で、後のジャズ・ファンクへとつながる要素を持っている。
ジョン・コルトレーン『Blue Train』 (1957)
サックス奏者ジョン・コルトレーンは、後にモード・ジャズやフリー・ジャズへと進化するが、彼の初期作品『Blue Train』は、ハード・バップの代表的名盤の一つ。情熱的なソロと、ダークで力強いサウンドが特徴で、彼の個性が存分に発揮されている。
ハード・バップの影響
ハード・バップは、1960年代以降のソウル・ジャズやジャズ・ファンクへと発展し、さらにはヒップホップ・ミュージックにも影響を与えた。特に、ジャズ・メッセンジャーズやホレス・シルヴァーの楽曲は、後のジャズ・サンプリング文化にも深く関わることになる。
クール・ジャズとハード・バップの対比
1950年代のジャズは、クール・ジャズの洗練とハード・バップの熱量という、対照的な二つの潮流が共存した時代だった。しかし、どちらもジャズの進化にとって不可欠な要素であり、現在のジャズシーンにもその影響が色濃く残っている。

Jiro Soundwave:ジャンルレス化が進む音楽シーンにあえて抗い、ジャンルという「物差し」で音を捉え直す音楽ライター。90年代レイヴと民族音楽をこよなく愛し、月に一度は中古レコード店を巡礼。励ましのお便りは郵便で編集部まで