[連載:JAZZ IN MOTION]ジャズのルーツ

ジャズは20世紀初頭のアメリカで誕生し、その後100年以上にわたり進化を続けてきた音楽である。ニューオーリンズの街角で生まれた即興演奏は、やがてスウィング時代のダンスミュージックへと発展し、ビバップによって知的な芸術へと昇華された。さらに、モード・ジャズやフリー・ジャズが新たな表現を切り拓き、フュージョンやスムース・ジャズが多様なリスナーへと広がっていった。

そして2000年代以降、ジャズはヒップホップやエレクトロニカ、ワールドミュージックと融合しながら、新たな時代を迎えている。ロバート・グラスパーやカマシ・ワシントンが現代ジャズを牽引し、UKジャズシーンではシャバカ・ハッチングスやアルファ・ミストが独自の進化を遂げている。

今もなお変化し続けるジャズ。その歴史を紐解きながら、音楽の魅力と未来を探っていこう。

ブルース:感情を音にする音楽

ブルースは、19世紀後半にアメリカ南部のアフリカ系アメリカ人コミュニティの間で発展した音楽である。奴隷制度の廃止後も人種差別や貧困が続く中、彼らの生活は依然として厳しいものであった。ブルースは、労働歌やゴスペルを通じて苦しみや喜びを歌にする文化の中で生まれた。そのため、ブルースの歌詞には失恋、貧困、孤独、社会的な不満といった個人的な感情が率直に表現されており、聴く者の心に強く訴えかける力を持つ。

ブルースの音楽的な特徴は第一に、ブルーススケールと呼ばれる独特の音階を用いることである。通常のメジャースケールやマイナースケールとは異なり、「ブルーノート」と呼ばれる音を含むことで、哀愁や深みのある響きを生み出す。第二に、12小節のブルース進行を基本とする点である。最も一般的なコード進行はⅠ-Ⅳ-Ⅰ-Ⅴ-Ⅳ-Ⅰという形を取る。シンプルな構造でありながら、繰り返しの中で豊かな表現が可能となる。第三に、コールアンドレスポンスの構造を持つことである。歌詞のフレーズが問いかけと応答の形を取り、演奏者と聴衆の対話のような効果を生み出す。第四に、感情豊かな即興表現が多用される点である。ギターやハーモニカでは、ベンド奏法やスライド奏法を駆使し、人間の声のような表現を生み出す。これにより、演奏者の感情がより直接的に伝わる。

ブルースは、その後の音楽に多大な影響を与えた。ジャズ、ロック、R&B、さらにはヒップホップに至るまで、多くのジャンルの基盤となった。ロックンロールの誕生においてもブルースの影響は大きく、特にギターを中心とした音楽において、そのリズムやコード進行は現代に至るまで受け継がれている。

ラグタイム:ピアノが生んだリズムの革命

ラグタイムは、19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカで流行したピアノ音楽のスタイルである。その名称は「ラグ(ragged)」という言葉に由来し、「不規則な」「ぎざぎざした」という意味を持つ。これは、ラグタイムの特徴であるシンコペーションを指しており、当時の音楽にはなかった独特のリズムを生み出した。ラグタイムはダンス音楽としても高い人気を誇り、酒場やダンスホールなどで広く演奏された。


ラグタイムの音楽的な特徴は第一に、左手と右手の役割の対比が明確である。左手は規則的なマーチのリズムを刻み、右手はシンコペーションを用いたメロディを奏でる。この組み合わせにより、軽快でありながら独特の躍動感を持つリズムが生まれる。第二に、楽譜に忠実な演奏が求められる点である。即興演奏を主体とするジャズとは異なり、ラグタイムは作曲された楽譜通りに演奏されることが多い。そのため、演奏技術の正確さが重要となる。第三に、曲調が明るく、陽気な雰囲気を持つことが多い。華やかで親しみやすいメロディが特徴であり、聴く人を楽しませる要素が強い。

スコット・ジョプリンは「ラグタイムの王」と称され、その楽曲は現在でも映画やCMで広く使用されている。特に「The Entertainer」は1973年の映画『スティング』で使用されたことにより、再び世界的な注目を集めた。

ラグタイムのリズム感は、後のジャズの発展に大きく貢献した。特に、ジャズのスウィング感はラグタイムのシンコペーションを受け継いでいる。ラグタイムは単なる流行にとどまらず、その後の音楽史において重要な役割を果たしたのである。

ジャズの誕生とニューオーリンズの役割

ジャズが誕生したのは、アメリカ南部のルイジアナ州ニューオーリンズである。この都市は、フランスやスペインの植民地であった歴史を持ち、多様な文化が共存する場所であった。アフリカ系、カリブ系、ヨーロッパ系の人々が住み、それぞれの音楽的伝統が交わることで独自の音楽が生まれる土壌が形成された。ニューオーリンズは港町であり、多くの移民が流入し、新しい音楽が生まれる環境が整っていたことも重要な要因である。

ジャズの源流としては、アフリカ系アメリカ人が歌っていたブルースや、19世紀末に流行したラグタイムが挙げられる。ブルースは感情を音楽に乗せる表現形式として、ジャズに強い影響を与えた。一方、ラグタイムはピアノを主体としたシンコペーションを多用するリズムを持ち、ジャズの躍動感の基盤となった。これらの要素が融合することで、ニューオーリンズ独自のジャズスタイルが形成されたのである。

ニューオーリンズジャズの特徴

ニューオーリンズジャズは「ディキシーランドジャズ」とも呼ばれるスタイルであり、次のような特徴を持つ。第一に、複数の管楽器による即興的なポリフォニーが用いられていることである。異なる楽器が同時にメロディを演奏することで、多声音楽としての豊かな響きを生み出す。このスタイルは、ヨーロッパのマーチングバンドやアフリカ系音楽のコールアンドレスポンスの影響を受けたものである。第二に、マーチングバンドの影響を受けたリズムを持つことである。ニューオーリンズでは軍楽隊がパレードを行う文化が根付いており、そこからジャズにも行進曲風のリズムが取り入れられた。特に、ドラムがリズムを強調しながらスウィング感を生み出すことが特徴である。第三に、ブルースとラグタイムの要素が融合していることである。ブルースの感情的なメロディラインとラグタイムの軽快なリズムが組み合わさることで、ジャズ独自のグルーヴが生まれた。第四に、コールアンドレスポンスの演奏形式が取り入れられていることである。演奏者同士が即興的に問いかけと応答を繰り返すことで、演奏に動的なやりとりが生まれる。この形式は、アフリカ系アメリカ人の音楽文化に由来するものである。

ニューオーリンズジャズのスタイルを確立したのが、キング・オリヴァーとルイ・アームストロングである。彼らはジャズの初期において重要な役割を果たし、後のジャズの発展に大きな影響を与えた。

キング・オリヴァー:ジャズの開拓者

キング・オリヴァーは、ジャズ初期に活躍したコルネット奏者であり、クレオール・ジャズバンドを率いた重要な人物である。彼の演奏は力強く、またミュートを使った独特のサウンドが特徴であった。ミュートを用いることで、音にさまざまなニュアンスを加え、ジャズにおける表現の幅を広げた。彼のバンドであるクレオール・ジャズバンドは、ニューオーリンズジャズの典型的なスタイルを持ち、ポリフォニックな演奏を得意とした。代表曲として「Dipper Mouth Blues」があり、この楽曲は初期ジャズの特徴をよく示している。キング・オリヴァーは、後にルイ・アームストロングを自身のバンドに迎え入れ、彼の才能を世に送り出す役割を果たした。

ルイ・アームストロング:ジャズを世界へ

ルイ・アームストロングは、ジャズの発展に最も大きな影響を与えたトランペット奏者であり、歌手でもあった。彼の演奏は、それまでのポリフォニックなスタイルから、ソロインプロヴィゼーションを重視する方向へとジャズを進化させた。ソロインプロヴィゼーションとは、個々の演奏者が即興的にメロディを奏でることであり、後のジャズの基本的な演奏スタイルとなった。彼の代表曲である「West End Blues」は、ジャズが単なるダンス音楽ではなく、芸術音楽へと発展していく分岐点となった作品である。また、ルイ・アームストロングはスキャットと呼ばれる即興的なボーカル技法を取り入れ、ジャズヴォーカルの新たな可能性を切り開いた。スキャットとは、言葉ではなく音そのもので即興的に歌う技法であり、ジャズ特有のリズム感とフレージングをより自由に表現できる手法である。彼の歌唱スタイルは、後のヴォーカルジャズの発展にも大きく貢献した。

ジャズの発展とその影響

ジャズは、ブルースとラグタイムという二つの音楽を基盤に、ニューオーリンズで誕生した。キング・オリヴァーやルイ・アームストロングといったアーティストたちが、この新しい音楽を発展させ、即興演奏や個々の表現を重視するスタイルを確立した。

ジャズの初期の発展を理解するためには、次の点が重要である。第一に、ブルースは感情豊かなメロディと12小節の進行を持ち、ジャズに深みを与えた。第二に、ラグタイムはシンコペーションを活かしたリズムを持ち、ジャズの軽快さとダイナミズムを形成した。第三に、ニューオーリンズジャズはポリフォニーと即興性を重視し、ジャズの初期スタイルを確立した。第四に、ルイ・アームストロングはソロインプロヴィゼーションの概念を確立し、ジャズの表現をより個人主義的なものへと進化させた。この流れを知ることで、ジャズがどのようにして芸術音楽へと進化していったのかを、より深く理解することができるだろう。

Jiro Soundwave:ジャンルレス化が進む音楽シーンにあえて抗い、ジャンルという「物差し」で音を捉え直す音楽ライター。90年代レイヴと民族音楽をこよなく愛し、月に一度は中古レコード店を巡礼。励ましのお便りは郵便で編集部まで

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