
民族音楽は、その土地の暮らしや風土、信仰、歴史を音に刻み込んだ、人類の“声”である。電子音が世界を席巻する今もなお、世界各地には太鼓や笛、声と手拍子だけで継承されてきた音楽文化が息づいている。この連載では、アフリカのサバンナからアジアの山岳地帯、南米の密林から極北のツンドラ地帯まで、世界中の知られざる民族音楽を訪ね歩く。単なる紹介にとどまらず、その背景にある文化や物語にも光を当て、音楽を通じて世界をより深く知る旅へと誘う。音の地球儀を、いま一緒に回しはじめよう。
バリ島の夜、炎の揺らめきが鎮まると同時に、金属の澄んだ響きが静かに空気を振動させはじめた。鍵盤を木槌で打つ音、銅鑼が余韻を引き延ばす低いうなり、そして緩やかに絡み合う笛と声。名をガムランというこの重層的なアンサンブルは、個々の楽器の存在を霞ませながら、巨大な“音の渦”となって聴く者を包み込む。西洋式の拍や和声が支配する世界とは別の時間軸 ── 揺らぎと呼吸が支配する宇宙 ── へと、私たちを一瞬で連れ去るのである。
ガムランとは何か──音の共同体
インドネシアには17,000を超える島があり、ガムランとひと口に言ってもその姿は多種多様だ。共通するのは“指揮者”が存在しない点である。鉄琴、銅鑼、太鼓、竹笛、時に歌 ── それぞれの奏者が淡々と自らのフレーズを刻みながら、全体として大きなうねりを生み出す。ジャワの宮廷楽団を収めた《The Court Gamelan of Central Java》は、その「個が消え、集団が歌う」在り方を如実に伝える好例だ。奏者たちは互いに耳を澄ませ、瞬間ごとに生まれるズレを許容し、むしろズレそのものを美とする。
島ごとに異なる個性──ジャワ、バリ、スンダ、東インドネシア
ガムランは島の数だけ“方言”を持つ。ジャワ島の演奏は、深い低音と柔らかな打音が重なり合い、宮廷文化の優雅さを湛える。一方、バリ島の「ガムラン・ゴン・クビャール」は、突如としてテンポを切り替え、乱舞するかのような速度で聴き手を翻弄する。
西ジャワ(スンダ)の「ガムラン・ドゥグン」は、金属鍵盤の上を流れるような旋律が憂いを帯びており、アルバム《Suara Parahiangan》がその繊細さを捉えている。さらに東へ目を向ければ、ルンバタ島やフローレス島にも独自の打楽器編成が息づき、ガムランの概念はますます拡張されていく。
祈り、踊り、王のために──響く場面
ガムランは“音楽会”を目的として誕生したわけではない。寺院の満月祭で神に捧げる供物のように、影絵芝居ワヤン・クリの語りを導く伴奏として、あるいは王宮舞踊の静謐な夜を彩る環境として――常に宗教・伝承・統治の装置と結びついてきた。バリ島の宮廷寝室で夜半に奏でられる「ガムラン・スマル・プグリンガン」は、夢見心地のゆらぎを宿し、《Gamelan Semar Pegulingan》がその幽玄を残している。ガムランの音は、人びとの身体を躍らせるだけでなく、不可視の精霊との対話の場をも立ち上げる。
西洋音楽との交差点──ドビュッシーからクラブサウンドへ
1889年、パリ万博でガムランに遭遇したクロード・ドビュッシーは、その非平均律的響きに衝撃を受け、《ペレアスとメリザンド》をはじめとする作風に影響を刻んだ。20世紀にはルー・ハリソン、ジョン・ケージら実験音楽家がガムランを学習し、自作の中で再構築。
さらに21世紀に入り、電子音楽家ヴィジブル・クロークスが小島良喜・柴野さつきと生んだ『FRKWYS Vol.15』では、金属打楽器の余韻とデジタルシンセが溶け合い、ガムランがクラブミュージックへ接続する回路を提示した。こうして島嶼の音は、海を渡り、ジャンルを越え、新たなハイブリッドへと姿を変え続けている。
静けさを奏でるということ
ガムランの核心にあるのは“空白を聴く”態度である。インドネシア固有の音階スレンドロとペログは、西洋の平均律が排した微分音を抱え込み、決して一点に落ち着かない浮遊感を生む。さらに各楽器の打音がわずかにずれることで、多層的な残響が空間を漂い、聴き手は「音と音の狭間」の静けさへと耳を向けざるを得ない。そこには、「完璧さ」よりも「いま、ここにしかない揺らぎ」を尊ぶ価値観が息づく。
結び──耳を澄ます旅の第一歩
ガムランは、個を溶かし合いながら生まれる共同体の音であり、揺らぎを許容する時間の哲学でもある。その響きを知ったとき、私たちは「音楽とは何か」という問いを、再び根底から見直すことになるだろう。この連載「音の地球儀」は、そんな問いを胸に、これからも世界の辺境へと耳を澄ます旅を続けていく。赤道直下の群島で始まった第一歩は、やがて読者の心の奥に、新たなリズムと静寂をもたらすはずだ。

Jiro Soundwave:ジャンルレス化が進む現代音楽シーンにあえて一石を投じる、異端の音楽ライター。ジャンルという「物差し」を手に、音の輪郭を描き直すことを信条とする。90年代レイヴと民族音楽に深い愛着を持ち、月に一度の中古レコード店巡礼を欠かさない。励ましのお便りは、どうぞ郵便で編集部まで──音と言葉をめぐる往復書簡を、今日も心待ちにしている。