[轟音の記憶 – ヘヴィメタル50年史]第6回:永劫回帰 – メタルの現在と未来

2010年代後半-現在:多様性の時代

2020年代に入ったメタルシーンを俯瞰すると、その多様性には目を見張るものがある。かつてはヘヴィメタル、スラッシュメタル、デスメタルといった明確な境界線で語られていたジャンルが、今や無数の亜種に細分化され、同時にその境界は限りなく曖昧になっている。

ポストブラックメタルの代表作

ポストブラックメタル、アトモスフェリックスラッジ、プログレッシブデスコア、ジェントといった新しいサブジャンルが次々と生まれる一方で、メタルコアにエレクトロニカの要素を取り入れたバンドや、フォークメタルにジャズの語法を織り込むグループも珍しくない。この現象は、デジタル技術の発達とグローバル化が生み出した必然的な帰結である。

特に注目すべきは、地理的な境界を越えたクロスポリネーション(交配)の活発化である。北欧のメロディックデスメタルに日本のアニメ文化が融合したり、中東の伝統音楽とプログレッシブメタルが結びついたりと、従来では考えられなかった組み合わせが日常的に生まれている。これは単なる音楽的実験ではなく、グローバル化した世界における文化的アイデンティティの模索でもある。

AIと音楽制作の融合:創造性の新たな地平

2020年代のメタルシーンにおいて無視できない要素が、AI(人工知能)技術の音楽制作への本格的な導入である。既に一部のバンドでは、楽曲のアレンジやミキシングにAIを活用しており、人間の創造性とアルゴリズムの計算能力が融合した新しい音楽が生まれつつある。

興味深いのは、AIが単なる作業効率化のツールに留まらず、創作プロセス自体を変革している点である。例えば、膨大な楽曲データベースから特定の感情やテーマに基づいてリフやメロディラインを生成するAIシステムが開発され、それを基に人間のミュージシャンがさらなる創作を行うという協働関係が構築されている。

エレクトロニカとメタルの完全融合

しかし、この変化に対するメタルコミュニティの反応は複雑である。技術の進歩を歓迎する声がある一方で、メタルの根幹にある「人間の感情の生々しい表現」がAIによって希薄化されることへの懸念も根強い。この議論は、メタルというジャンルが本質的に追求してきた「真正性(オーセンティシティ)」の概念を根本から問い直すものである。

ストリーミング時代のサバイバル戦略

Spotify、Apple Music、YouTube Musicといったストリーミングサービスの普及は、メタルバンドの生存戦略を劇的に変化させた。CDの売上に依存していた従来のビジネスモデルが通用しなくなった今、バンドは新たな収益源とファンとの関係構築方法を模索している。

最も顕著な変化は、アルバム単位からシングル単位へのリリース戦略の転換である。かつてメタルアルバムといえば、コンセプトアルバムのような統一されたテーマと楽曲の流れが重視されたが、ストリーミング時代においては個々の楽曲の独立性とキャッチーさがより重要になっている。この変化は、メタルの芸術的側面にも大きな影響を与えている。

ストリーミング最適化されたメタルコア

さらに、アルゴリズムに最適化された楽曲制作という新しい課題も生まれている。ストリーミングサービスのレコメンデーション機能に引っかかりやすい楽曲構成や、最初の30秒でリスナーを惹きつける必要性が、メタルバンドの創作プロセスに影響を与えている。これは創造性の制約となる場合もあれば、新しい表現手法の発見につながる場合もある。

コロナ禍がもたらしたライブ文化の変革

2020年から2022年にかけてのCOVID-19パンデミックは、ライブパフォーマンスを重要な要素とするメタルシーンに深刻な打撃を与えた。しかし、この危機は同時に革新的な変化も促した。

バーチャルライブやライブストリーミングの普及により、地理的制約を超えたファンとの交流が可能になった。メタリカやアイアン・メイデンといったベテランバンドから新興バンドまで、多くのアーティストがオンラインでのパフォーマンスに挑戦し、新しい表現方法を模索した。

ロックダウン中制作のシングル

特に注目すべきは、VR(仮想現実)技術を活用したライブ体験の実験である。一部のバンドでは、VR空間内でのコンサートを開催し、従来のライブハウスでは不可能な演出や観客との相互作用を実現している。これらの取り組みは、ポストコロナ時代のライブエンターテイメントの未来を示唆している。

また、小規模なインティメートなライブへの回帰も見られる。大規模フェスティバルの中止により、バンドとファンがより密接に交流できる機会が見直され、メタルコミュニティの結束が深まったという側面もある。

Z世代のメタル観とTikTokカルチャー

1997年以降に生まれたZ世代のメタルに対するアプローチは、従来の世代とは大きく異なっている。彼らにとってメタルは、特別な「重い」音楽ではなく、ポップス、ヒップホップ、エレクトロニカと並ぶ音楽ジャンルの一つである。

Z世代ポストハードコア

TikTokの影響は特に顕著である。15秒から60秒という短い動画フォーマットに合わせて、メタル楽曲の最もキャッチーな部分が切り取られ、バイラルなコンテンツとして拡散される。これにより、従来のメタルファンとは異なる層にもメタルが届くようになった一方で、楽曲の断片的な消費が進んでいるという課題もある。

興味深いのは、Z世代のメタルファンが示すジャンルに対する柔軟性である。彼らは「これはトゥルーメタルではない」といった排他的な議論よりも、音楽的な革新性や感情的な共感を重視する傾向がある。この価値観の変化は、メタルコミュニティ全体の多様性と包容性を高める効果をもたらしている。

メタルが社会に与えた文化的影響の総括

50年を超えるメタルの歴史を振り返ると、その文化的影響は音楽の枠を大きく超えている。メタルは単なる音楽ジャンルではなく、社会に対する批判精神、個人の内面の探求、そしてマイノリティの声を代弁する文化的運動として機能してきた。

政治的な側面では、メタルは権威への懐疑、戦争への反対、社会的不公正への抗議の声を一貫して発信してきた。システム・オブ・ア・ダウン、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、ゴジラといったバンドの活動は、音楽を通じた社会変革の可能性を示している。

人種問題とメタルの融合

心理学的な側面では、メタルがリスナーの感情的カタルシスと自己受容に果たす役割が注目されている。近年の研究では、メタル音楽が鬱や不安といった精神的問題を抱える人々にとって、感情の処理と表現の手段として機能していることが明らかになっている。

また、メタルコミュニティが育んできた包容性と多様性への価値観は、現代社会における重要な指針となっている。性別、人種、性的指向に関係なく、音楽への情熱を共有する人々が集まるコミュニティとして、メタルシーンは理想的な多文化共生のモデルを提示している。

現代のメタルファンが求めるもの

では、現代のメタルファンは何を求めているのだろうか。リサーチとコミュニティでの対話から浮かび上がるのは、従来の「重さ」や「激しさ」だけではない、より複層的なニーズである。

第一に、感情的な真正性への渇望がある。AIや商業化が進む中で、リスナーは人間の生々しい感情や体験に基づいた音楽を求めている。これは必ずしも技術的な完璧さを意味するのではなく、むしろ不完全さや脆弱性を含めた人間性への共感である。

第二に、文化的多様性への関心がある。グローバル化した世界において、西欧中心のメタルだけでなく、アジア、アフリカ、南米などの様々な文化的背景を持つメタルへの関心が高まっている。これは単なる珍しさへの興味ではなく、異なる文化的視点からの世界の理解への渇望でもある。

第三に、持続可能性と社会的責任への意識がある。環境問題、社会正義、精神的健康といった現代社会の課題に対して、メタルバンドがどのような立場を取り、どのような行動を取るかに対する関心が高まっている。

50年を超えたメタルの「これから」への展望

メタルの未来を考える上で重要なのは、このジャンルが常に変化と革新を続けてきたという事実である。1970年代のハードロックから始まり、1980年代のスラッシュメタル、1990年代のオルタナティブメタル、2000年代のメタルコア、そして現在の多様性の時代まで、メタルは常に時代の精神を反映しながら進化してきた。

技術的な側面では、VR/AR技術の発達により、ライブ体験はさらに革新的なものになるだろう。バンドと観客の境界が曖昧になり、よりインタラクティブな音楽体験が可能になる。また、AIとの協働により、これまで人間だけでは不可能だった音楽表現が生まれる可能性もある。

社会的な側面では、メタルが持つ批判精神と包容性が、ますます重要になると予想される。気候変動、格差拡大、政治的分極化といった現代社会の課題に対して、メタルは引き続き重要な発言力を持つジャンルであり続けるだろう。

文化的な側面では、さらなるグローバル化と多様化が進むと考えられる。非西欧圏からの新しいメタルバンドの台頭により、メタルの定義や表現方法がさらに拡張されるだろう。同時に、伝統的なメタルの価値観を守ろうとする動きも継続し、革新と伝統の緊張関係がジャンルの活力を生み続ける。

永劫回帰:終わりなき革新の円環

ニーチェの哲学概念「永劫回帰」は、全ての出来事が永遠に繰り返されるという思想である。メタルの歴史を振り返ると、革新と回帰、前進と原点への立ち返りが絶えず繰り返されていることが分かる。

2020年代のメタルシーンにも、この永劫回帰の構造が見て取れる。最新のテクノロジーを駆使しながらも、1970年代のハードロックの原点に立ち返るバンドがいる。グローバルな視点で音楽を創造しながらも、地域の伝統音楽に根ざすバンドがいる。商業的成功を追求しながらも、アンダーグラウンドの精神を維持するバンドがいる。

これらの一見矛盾する動きこそが、メタルというジャンルの生命力の源泉である。メタルは決して一つの方向に向かって進歩するのではなく、多様な可能性を同時に探求し続ける複雑系として存在している。

50年を超えたメタルの旅路は、まだ始まったばかりなのかもしれない。技術の進歩、社会の変化、文化の融合という無限の可能性を前に、メタルは今日も新しい地平を切り開き続けている。その音は、過去から未来へと響き続ける永遠のエコーなのである。

Jiro Soundwave:ジャンルレス化が進む現代音楽シーンにあえて一石を投じる、異端の音楽ライター。ジャンルという「物差し」を手に、音の輪郭を描き直すことを信条とする。90年代レイヴと民族音楽に深い愛着を持ち、月に一度の中古レコード店巡礼を欠かさない。励ましのお便りは、どうぞ郵便で編集部まで──音と言葉をめぐる往復書簡を、今日も心待ちにしている。

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