[音楽と〇〇]“うまく歌えない”の正体は、心にある ── 宇野雄一朗が語る音楽と心理学の交差点

VETHELの特集企画「音楽と〇〇」は、音楽と寄り添うさまざまなサブカルチャーとの交わりを探るインタビューシリーズ。〇〇はアートやゲーム、漫画、映画、ガジェット、建築、グルメ、旅行、乗り物、スポーツ、アウトドア……など何でもあり。音楽とその界隈の関係を語っていただきます。今回のゲストは?

宇野雄一朗:神奈川県出身。Sound Studio U.N.O.代表兼ゴスペルサークルU.P.beat代表。医学的な観点からの効率のいいボイストレーニングと
心理学の観点からの精神的なサポートを得意とするボイストレーナー。基礎の発声から気持ちを乗せる歌い方、出したい声を出せるようにする
得意の共感力を活かしたトレーニングで前事務所では『予約の取れないトレーナー』として話題に。
1000人近くの様々な悩みを持つ生徒を指導した経験からやりたいことを実現するその人に合わせた特別なレッスンを提供している。

「うまく歌えないのは、技術のせいじゃないかもしれない」。そう語るのは、東京・渋谷のボイストレーニングスタジオ「SOUND STUDIO U.N.O.」を主宰する宇野雄一朗さん。元バンドマンにして、独学で心理学を学びながら指導法を築いてきた異色のボイストレーナーだ。音を出す前に心を整える ── そんなレッスンを支えるのは、失敗や挫折を幾度も味わった自身の人生経験である。人の声に宿る“その人らしさ”は、どうすれば花開くのか? 音楽と心理学、その交差点で見えてくる“歌うこと”の本質を聞いた。

声に関係することにすごく興味があった

VETHEL そもそも、なぜボイストレーナーになったんでしょう?

── 元々ボーカリストとしてズーッとバンドマンをやっていて、ボイストレーニングも通ってたんです。あるときにお世話になってる音楽事務所の社長さんに急に声かけられて、歌うのが上手いから教えてくれないかって、彼の抱えている事務所の新人たちに教えることになったのがきっかけですね。

VETHEL それまで先生になるための勉強をしたとかそういうわけでもなくて急に言われて?

── 2週間後から始めるからって言って……僕、ピアノも弾けなくてどうするかなと(笑)。いろいろな動画を必死に見漁って。練習用のキーボードも小さいのは持ってたんですけど、ドレミファソラシドしか弾けなかったんですよ(笑)。最初はそのドレミファソラシドだけで、トランスポーズボタンを押しながら、無理くり音階を教えたりしてましたね。

VETHEL 先生としては自己流ってことですか?

── 自己流ですね。

VETHEL ご自分が習ってた経験をもとに?

── それもそうなんですけど、一番ベースになってるのはYouTubeと書籍なんです。たくさん教材が売ってるので全部で30冊ぐらいは買ってめちゃくちゃ勉強しましたね。

VETHEL ちなみに宇野さんはどういう音楽がお好きなんでしょう?

── 僕はロックをズーッとやっていて、バンド系の音楽が好きですね。ヘビー系が好きで、当時一番好きだったのが、リンキン・パーク。

VETHEL ところで心理学に興味を持ったきっかけは?

── 実は音楽をやる前に、声優をやりたかった時期があったんです。声に関係することにすごく興味あったわけなんですけど、そのときに“キャラクターを演じているときの心理”みたいなことを、当時に好きだった声優さんがインタビューで答えていて、心理学っって大事なんだなって思ったのがひとつ。その後、親がいきなり芸事を始めるのは良くないって言って、調理師学校に行かされて普通に就職をして……そしたら人が怖いみたいな、うつ病になっちゃって……。そのころ、とある先輩に人と関わるんだったら一度心理学を勉強した方がいいんじゃないかって言われて、勉強してみようかなと思ったんです。自分と向き合いつつ、人とのコミュニケーションをどうするのか見つけることができるからということで。そのときも20〜30冊、書籍を買って。それも独学なんです。

VETHEL 声優さんが心理学って初めて聞きました。

── 要は演じるのに、こういう心理状況を表すにはどういう感じで喋るか、どういうテンポ感で喋るか、そういうのってコミュニケーションが詰まっていて、声色を変化させるのも、こういう心境のときにはこういう声色になって、こういうテンションで、こういう喋り方をするというのが心理学にはあるんです。

VETHEL そこまで考えるんですね。ところで「声には心が表れる」と言いますが実際にレッスンの中でそれを感じる瞬間はありますか?

── めちゃくちゃあります。僕、人よりもちょっと感受性が強いんですよ。なので声のトーンや話し方、表情の動かし方で、何となくその人が今どういう心理状況なのか、分かるようになったんです。今は分かったって言ってるけど、この子は分かってないなとか、そういう心理を見抜いたり。この人はやべえ!って思ってるな感じたときに、今やべえ!て思ってたかもしれないけどすごく良かったよって言う。見抜かれてる感って、普通だと怖いんですけど(笑)、先生と生徒の立場だと逆にそれが安心感に繋がるかなって思うんです。

VETHEL この先生はキチンと自分のことを見てくれてるなみたいな……。

── っていうので、かなり心は表れるって思いますね。

VETHEL ビジネスの会話をしていても、この人、この企画やる気ないんだな、みたいなことも何となく分かっちゃう?

── 分かるんですけど、そこは大人の対応します(笑)。

その人が納得して、それをいいって思った状態で取得するのがベスト

VETHEL 音楽を学ぶ中で、メンタルの壁にぶつかる人って多いと思いますが、その乗り越え方に心理学はどう生かされてますか?

── 実際に僕がバンドをやってるときに一番ダメージを受けたのは、どうしても自信が消えてくんですよね。

VETHEL それは練習してるうちに? 例えばライブで失敗したとか?

── 練習もライブも、やってくうちにお客さんが増えないっていう数字が見えてくると、どんどん落ち込んでいっちゃうのが多くて、どこかで誰かに、うまくいってるじゃん!とか褒めてもらうことって、すごく重要だなって僕は思っています。

VETHEL ちょっと背中を押してもらう?

── 先生に言われるのと、お客さんに言われるのと、バンド仲間に言われるのって全然意味合いが違くて、その中でもやっぱり先生に言われたときに今だったら、これだったら、キチンとやればうまくいくんだってなったら、メンタル的に少し安定するし、何かいい方向に持っていけるかなっていうのをすごく思います。

VETHEL 逆にメンタルの壁を乗り越えられない人とかも見てきたと思いますが。

── 結構見てきましたね。そういう人は音楽から離れちゃう。僕自身もバンドを離れたので、そのときにメンタルが崩壊して壁を乗り越えられなかった人間なので、だから逆に乗り越えられなさそうな人には、今この状況だからこうしてあげなきゃいけないなっていうのは分かります。。

VETHEL ちゃんと経験があるからってことですよね。うまく歌えない原因が技術ではなく心理にあるケースにはどのようにアプローチしますか?

── 僕が一番レッスンで気にしてることが、その人が納得して、それをいいって思った状態で取得するのがベストだと思ってるんです。ここをこうした方がいいよじゃなくて、「こうしてみたらめっちゃいいじゃん?」「あっ、いいですね!」 これで初めて正解になると思ってて、なのでうまく歌えない原因、技術は信頼関係と相手の心理がちゃんと通うと、成長がすごい早いんです。

VETHEL 本人は納得いってないけど、先生の言う通りにやったらめちゃくちゃうまく声が出た。ていうのはそんなによろしくない?

── 良くないと思います。そうすると1〜2週間後にまたレッスンするときに、振り出しに戻ってることがめちゃくちゃ多いんですよ。

VETHEL 本人の身体が嫌がってるってことですね。

── 恐怖で押さえつける先生もいると思うんですよね。これ、なんでやってこないんだ!みたいな。そういう人もいると思いますが、どちらかというと、納得してもらって、だからこういうふうにやらなきゃいけないんだってやってもらうと、自分で解決できるようになるかなって思っています。

VETHEL なるほど。先生が言うままにやって、100%になるけど、本人が嫌だったら本人が納得した形で80%ぐらいまでで、あと20%は自分で伸ばしなさいみたいなスタイルですか。面白いですね。

── みんなやりたいことがあるので、そのやりたいことに沿ってないと。

先生と生徒、お互い楽しめたときがすごく成長が早い

VETHEL 声だけじゃなく心をほぐす工夫として意識してることって何かありますか?

── 一番やっぱり意識してることは、相手の表情を見ることもそうなんですけど、僕自身が一番表情が豊かで、ズーッと感情を出してることが重要かなって思っています。要はいいねっていうときも、「今のいいじゃん」ってよりも「めっちゃ良かったね!!!」っていうテンションでズーッとやってると、気持ちが乗ってくる。

VETHEL カラオケも一緒ですよね、タンバリンをシャンシャン叩いてみんなでワーッっと。

── 持ち上げるじゃないですけど、とにかくリアクションを多くして、相手も楽しんでもらってる状況を作って。そうすると僕も楽しめるので、お互い楽しめたときがすごく成長が早いなと思うんです。

VETHEL 逆に下手くそな人、うまくいかない人は?

── あんまりうまくいってない人やちょっと下手だなっていう人の方が伸びしろがあるんですよね。上手くなったのがすごく分かるんですよ。実際にそれが一番嬉しくて、楽しいので勝手にすごいリアクションが大きい(笑)。だから大体生徒の子たちが今うまくいきましたって言ったときに、もうめちゃくちゃすごいすごいな!ってひとりでテンション上がっていくっていう……

VETHEL 本人より上がるみたいな(笑)。

── でもそうすると、嘘じゃないのが分かるんですよ。

VEHEL 本当に喜んでくれてるなっていうことですね。ところで歌うことって心のケアになると思いますか?

── なると思います。音を出すっていうこと自体=他人に表現できない人もいると思うんです。でも実際に歌って音楽が流れてて、リズムが始まって、カラオケだったら歌詞が流れたら絶対に声を出さなきゃいけないじゃないですか? 声を出すことでストレス発散もそうですし、自分が表現したいものが少し出せるので、内々になっちゃう人には特にケアに繋がるかなっていうのは思います。

VETHEL 人前で歌うときの緊張を和らげるにはどんなアプローチが有効なんでしょう?

── これなんですけど僕ちょうどその質問いただいたときに、もう絶対言わなきゃなと思ったのが、緊張を和らげるのは正直できないんですよ。僕は逆に緊張した方がいいと思ってて、その頃は要は緊張する状態っていうのって、そこにすごい真面目に向き合ってる瞬間で一番集中してる瞬間は強いんですよ。本番だみたいな。はいそう。なんかそのライブとかそれこそやったときに緊張してない日のライブって、全然うまくいかないんすよ

VETHEL そうなんですか?

── 緊張させてるときの方が一番ベストで、だけどそれを乗り越えて、頭が真っ白になっちゃってる、これは駄目なんですけど。あくまでも平静を装いつつも緊張感がある方がいいっていうことだと思っています。

VETHEL ちなみにその緊張してなかったときのライブっていうのは今思い起こすと、ライブ出演前は「今日のライブ、余裕だぜ!」って感じ?

── ですね。

VETHEL バッチリだよね!みたいな?

── 準備がバッチリっていうよりは、本気で向き合ってない。「今日はこんなもんでいいかな」と。本当にいいライブじゃなくて。緊張をすることを、緊張しちゃってやばい!と思うと、悪い方に行くので、緊張して当たり前、緊張してるから今いいんだって言って、これだから今絶対にぶつかっていけるぞって思える方が多分強い。

VETHEL それこそ心理学ですね。

── それこそアーティストの方、有名な方、先輩に聞いたときにも、やっぱり同じこと言っていて。もちろん全く緊張しない人もいるんですよ。それは元々のそういう気質の人なんですけど、緊張させたい人ってやっぱりいて、緊張してるときは言葉もすごく刺さるし、集中してるから、やっぱり全然ライブが違うって。

VETHEL ここの生徒さんには、例えば来週本番なんですっていうときは、どんなアドバイスするんですか?

── 基本的に当日は何も考えるなって言います。緊張しちゃうんですっていう場合は、今言ったように緊張した方がいいんだよって言って、緊張して良くないのが呼吸が上がったり、身体がこわばってる状態。なので、呼吸を整える方法と身体がこわばらないことだけをとにかく伝える。これも心の緊張と身体が緊張は別なので、身体の緊張をほぐさないといけない。でも心は緊張してOK。そういう言い方をします。難しいですけど。

相手が楽しいっていう状況をどれだけうまく作り出すか

VETHEL 音楽と心理学の視点を取り入れたレッスン、これは従来のボーカルトレーニングと、どう違うと思いますか?

── 僕が昔ボイストレーニングを習ってたときに、参考にしてる先生がひとりいるんです。その人は心理学とは言ってないんですけど、心理的なのがすごい強い人だったんです。そのボーカルスクールで一番人気の先生で、その理由が何にも教えてくれないんす(笑)。でもずっと褒めてくれるんです。これ、めっちゃいいね! スティーヴィー・ワンダーみたい! こういうふうにやってる感じめっちゃいいから、これをずっと残した方がいいね!って言うだけ。それで1時間のレッスンが済むと、すごいモチベーション上がってるわけ(笑)。そうすると家に帰ってもズーッと練習するんですよね。しかもスティーヴィー・ワンダーって言われたら、洋楽を聴いたことなかったのに聴き始めてみたら、この人確か似てるかも?って、どんどん自分で吸収し始める。心理テクニック的に相手が納得して、相手が楽しいっていう状況をどれだけうまく作り出して、本人が自分で勉強し始められるか? これが一番だと思うので、そういうところで意識はしてます。

VETHEL やらされるよりも自発的に動いて欲しいっていうこと。

── しかもやらざるを得ない状態に持っていく。なんでこういうふうにやらないんだ!じゃなくて、こういうふうにやったらいいから次に来たとき、絶対うまくなってるじゃん? うまくなってなかったら分かってるよね?みたいなことをズーッと言う。そうするとそれが印象に残ってるのか、自分で練習してくる子が多い。

VETHEL 先生になられた今の宇野さんから見ると、その当時の先生って本当に何も教えてない感じなんですか?

── そうですね。要は他の先生たちって、呼吸をこういうふうに、姿勢をこういうふうに、ここはこういうふうに歌わないとかっこ良く繋がらないよ、そういうことを言う先生は全部頭に入らなかったんですよね。

VETHEL いわゆるボーカルトレーニングのイメージはそれですよね。

── ですね。でもその先生はピアノもあまり弾かずに、こういうふうにやって、こういうふうにやったら、今みたいな声が出るから、その声もうちょっと伸ばしていこうって言ってズーッと褒め続けてくれる。“何が良かったのか”が印象に残ってると気持ちも変わるし、その先生がきっかけで、僕は本を買うようになったんです。しかもレッスンを一度しか受けられなかったんですよ! 人気すぎて。でもそれも分かるなって思わされる先生でしたね。

VETHEL そんな影響力があったんですね。

── もし長くレッスンを受けていたらもっといろいろ教えてくれたと思うんですけど、その1回でこの人みたいになりたいって印象が今でも残ってるって……20年ぐらい前なので、それでも残ってるぐらい一番ハマった先生でしたね。

VETHEL 最後の質問ですが、これからの時代、音楽教育に心理的アプローチはどのような役割を果たしていくと思いますでしょうか?

── 音楽教育自体が強制されるものだとよくないと思うので、強制されないで自分が本当に好きな状態に持っていける教育をできる人が残っていくと思います。例えばボイストレーナーでYouTuberのしらスタさん。当初僕が通ってたスクールの近所のスクールで先生をやってたんです。そのときも人気講師で、今のあのキャラクターなんです。とにかく褒めて伸ばして、その人が好きなものを好きなようにやらせて、どんどん吸収させていく。音楽教育の心理的なアプローチとして、相手のことをしっかり見て、どうやったら相手が楽しんで、自分で自発的にさせるか、相手にそれを意識させるのがベストだって思うんです。なので、もっともっと盛り上げていける人が増えてくるんじゃないかなって思います。

SOUND STUDIO U.N.O.

Interview & Text : VETHEL

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