[連載:FUNK IS POWER]第1回:ファンク誕生──R&Bからの分離とジェームス・ブラウンの革命

ファンクは単なるダンス・ミュージックではない。それは人種、政治、スピリチュアリティ、そして大衆文化が複雑に交錯する音の運動体であった。本連載では、ジェームス・ブラウンの革新に始まり、スライ&ザ・ファミリー・ストーンによるユートピア的ヴィジョン、Pファンクの神話世界、そしてポップ化・商業化へと至るダイナミズムを全6回にわたって検証する。ファンクというジャンルが、いかにして20世紀後半のブラックカルチャーと世界の音楽地図を塗り替えたのか。その核心に、リズムとともに迫っていく。

ファンクとは何か。その問いに答えるには、まず1960年代アメリカの音楽的・社会的背景をひもとく必要がある。ファンク(Funk)という言葉自体は、もともと「匂い」「情熱的な状態」を指す俗語であったが、1960年代半ば、それは音楽ジャンルとして新たな意味を持ち始める。

ファンクの胎動──R&Bとソウルの狭間で

ファンクは、リズム・アンド・ブルース(R&B)やソウル・ミュージックの延長線上にあるが、単なる進化形ではない。それは、従来の構造を壊し、新たな音楽的文法を構築する試みであった。中心となったのはジェームス・ブラウンである。彼はR&Bのスターから、ファンクの創始者へと変貌を遂げ、黒人音楽のあり方そのものを変えていく。

1965年に発表された「Papa’s Got a Brand New Bag」は、その転換点を象徴する楽曲である。従来のソウルがメロディと歌唱を中心としていたのに対し、ブラウンはリズム、特に”the one”と呼ばれる1拍目のアクセントにすべてをかけた。ベースライン、ドラム、ホーンセクション、ギター、すべてのパートがリズムを強調し、グルーヴを生み出す。この”the one”こそがファンクの核心であり、後続のアーティストたちが模倣し、発展させていく基礎となる。

ジェームス・ブラウンと“the one”の革命

ブラウンは音楽の指揮官として、自らのバンドザ・フェイマス・フレイムズやその後のJB’sに対して厳格な演奏を要求した。特に1967年の”Cold Sweat”では、ベースの反復リフとホーンの合いの手によって、シンプルだが強力なグルーヴを生み出している。ここにおいて、ファンクは完全に独自のジャンルとして確立されたと言える。

ファンクの誕生は、単なる音楽スタイルの変化ではない。それは、黒人アイデンティティの再確認でもあった。ブラウンが1968年に発表した「Say It Loud – I’m Black and I’m Proud」は、その象徴である。公民権運動が激化するなか、黒人であることを肯定し、誇りを持つというメッセージを音楽に託したのである。このように、ファンクは身体的快楽に訴える音楽であると同時に、社会的・政治的メッセージをも内包していた。

広がるファンクの波──模倣と革新

ジェームス・ブラウンの影響はすぐさま広がった。ダイク・アンド・ザ・ブレイザーズの「Funky Broadway」(1967年)は、ファンクという言葉をタイトルに冠した最初期の楽曲のひとつであり、街の通りを歩くだけでファンキーになるというユーモアと誇りを込めた名曲である。また、アイク・ターナーやジャッキー・ウィルソンらも、徐々にファンクの要素を取り入れ始めた。

音楽的には、ファンクはブルースやジャズの影響も強く受けている。ギターはカッティング中心の演奏になり、ベースはメロディではなくリズムの要となった。ドラムには、ジャズ的なシンコペーションが加わり、ホーンセクションはオーケストラ的な役割から、リズムの一部として再編成された。こうしたアンサンブルの変化は、演奏者同士の高度な連携と緊張感を必要とした。

ファンクは体験である──ライブと身体性

さらに注目すべきは、ファンクがライブ・パフォーマンスを重視したジャンルであった点である。ブラウンはステージにおいても軍隊のような規律を持ち込み、音楽と身体の一体化を求めた。ダンス、ファッション、MC(マスター・オブ・セレモニー)としてのパフォーマンスが一体となったファンクは、聴く音楽から”体験する音楽”へと進化したのである。

ファンクはこのようにして、R&Bとソウルの土壌から生まれ、リズムを核にした新たな音楽形式として確立された。ジェームス・ブラウンという存在がなければ、それは決して成立し得なかっただろう。彼の音楽は、後に続くファンク・ミュージシャンたち、さらにはヒップホップやディスコ、アフロビートといった多様なジャンルにまで影響を与えている。

次回は、ジョージ・クリントン率いるパーラメント/ファンカデリックによって、ファンクが宇宙規模の物語とともに拡張されていく様を描いていく。Pファンクの世界観は、ファンクというジャンルに新たな地平をもたらしたのである。

Jiro Soundwave:ジャンルレス化が進む現代音楽シーンにあえて一石を投じる、異端の音楽ライター。ジャンルという「物差し」を手に、音の輪郭を描き直すことを信条とする。90年代レイヴと民族音楽に深い愛着を持ち、月に一度の中古レコード店巡礼を欠かさない。励ましのお便りは、どうぞ郵便で編集部まで──音と言葉をめぐる往復書簡を、今日も心待ちにしている。

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