
1960年代アメリカの荒涼とした空気を鋭く切り取ったアメリカン・ノワールの傑作、ドロシイ・B・ヒューズの長篇小説『ゆるやかに生贄は』が、ついに邦訳で登場する。発売元は新潮社、刊行日は本日5月28日。名作揃いの新潮文庫からの刊行である。
著者のドロシイ・B・ヒューズは、サラ・パレツキーをはじめ多くの女性作家たちが「目標とする巨匠」としてその名を挙げる伝説的存在だ。『孤独な場所で』(1947年)がハンフリー・ボガート主演で映画化され、フィルム・ノワールの傑作として知られる彼女だが、今回邦訳された『ゆるやかに生贄は』は、そのヒューズが1960年代に発表した最後の長篇にして代表作でもある。
物語は、砂漠を駆けるハイウェイを舞台に、青年医師ヒューがヒッチハイカーの若い女性・アイリスを車に乗せたことから始まる。彼女は密かに“ある願い”を抱えており、それがやがてヒューを思いもよらぬ悲劇へと巻き込んでいく。翌朝、彼女は死体となって発見され、ヒューは社会と正義の狭間で揺れ動くことになる。
たんなるサスペンスにとどまらず、当時のアメリカが直面していた倫理や医療、女性の権利といった社会問題を重層的に描き出す本作は、まさに「時代に生贄を捧げられた男」の物語である。イギリスのミステリ評論家H.R.F.キーティングが選出した『海外ミステリ名作100選』にも収録されていることからも、その文学的価値は折り紙付きだ。
かつてのアメリカ文学が持っていた、闇の深さと時代批評性を改めて実感できる一冊。ポスト・チャンドラー/ハメットの地平を開いた作家の“最後の言葉”が、いまようやく日本語で読める。
【書籍情報】
タイトル: ゆるやかに生贄は
著者: ドロシイ・B・ヒューズ/訳:野口百合子
発売日: 2025年5月28日
出版社: 新潮社(新潮文庫)
定価: 1,045円(税込)
ISBN: 978-4-10-240861-2
詳細URL: https://www.shinchosha.co.jp/book/240861/