デヴィッド・ボウイの遺志が息づく ── ミュージカル『LAZARUS』稽古場レポート

2025年5月31日、横浜・KAAT神奈川芸術劇場で日本初演の幕を開けるミュージカル『LAZARUS』。本作は、デヴィッド・ボウイが病と向き合いながら最後に遺した“ミュージカル作品”であり、文字通り彼の魂が刻まれた遺作である。初演に向けて熱を帯びる稽古場から、その模様をお届けする。

ボウイの世界観が再起動する舞台

『LAZARUS』は、ボウイが主演した1976年のSF映画『地球に落ちて来た男』の“その後”を描く物語。異星人ニュートンの孤独と救済の物語を通して、人生、死、再生といった普遍的なテーマに深く切り込んでいく。脚本は劇作家エンダ・ウォルシュがボウイと共同執筆。演出を手がけるのは白井晃。主演の松岡充をはじめ、鈴木瑛美子、豊原江理佳、上原理生ら実力派キャストが揃い、唯一無二の舞台世界がつくりあげられている。

劇中では『Heroes』『Changes』『All the Young Dudes』などボウイの代表曲に加え、『No Plan』『When I Met You』『Killing a Little Time』といった本作のために書かれた新曲も披露される。なお、歌唱シーンはボウイの意向により全編英語。日本語台詞と英語の歌が混在することで、言葉と音楽の持つエネルギーが交差する空間となっている。

松岡充、全身でボウイと向き合う

稽古場に響いていたのは『Absolute Beginners』。主演の松岡演じるニュートンが、鈴木瑛美子演じるエリーに誘惑されるシーンだ。なまめかしいエリーの動きは、ボウイのMVに登場するタバコの化身・ゼブラを彷彿とさせる。そんな中で、ニュートンが希望を象徴する少女(豊原江理佳)と出会い、物語が変化していく。エリーを拒絶した隙をついて登場するのが、悪魔的存在バレンタイン。上原理生のバリトンで響く『Dirty Boys』は、稽古場を一気にダークな空気に染めていた。

演出の白井は、台詞や動きの一つひとつに意味を問い、役者たちに「感情は下に下に」と深く掘り下げるよう促す。脚本には書かれていないキャラクターの背景や、台詞の“その先”までをイメージさせる丁寧な演出は、俳優たちの解像度を一層高めていく。

松岡は現在、SOPHIAのボーカルとしてデビュー30周年ツアーと並行して本作に臨んでいる。演技歴も23年を数える彼が、この『LAZARUS』に捧げる想いは並々ならぬものがある。「ボウイの魂を表現したい」と語る松岡の姿からは、言葉ではなく感情で、身体で伝える覚悟が伝わってきた。

『LAZARUS』が提示する「再生」のかたち

『LAZARUS』とは、聖書に登場する“死から甦った男”の名である。物語の中でニュートンは、宇宙に残した家族との再会を願いながらも、現実世界の混乱や孤独に翻弄される。その姿は、がんに冒されながら創作を続けたボウイ自身の生き様と重なる。

ラストシーン、天に手を伸ばす松岡の姿に、ボウイの面影が一瞬重なる。演出の白井は「メタシアトリカルな表現が、この作品の普遍性を生んでいる。観客それぞれが“自分の物語”として受け取ってほしい」と語った。舞台は90分以上にわたり、台詞の行間、身体の余白、光と影の演出をもって「言葉を超えた想像力」へと観る者を導いてくれる。

ボウイの遺作『★(ブラックスター)』が発表された2日後、彼は星になった。今、彼の作品は時を超えて舞台の上で生き続けている。「芸術は長く、人生は短し」。坂本龍一が遺したこの言葉のように、ボウイの遺志もまた、これからも光を放ち続けるだろう。

いたずら好きなボウイと坂本が、どこかの客席でこの舞台を観ている ── そう信じたくなる、そんな稽古場であった。

目次

ミュージカル『LAZARUS』


演出:白井晃
音楽・脚本:デヴィッド・ボウイ
脚本:エンダ・ウォルシュ

出演:松岡充、豊原江理佳、鈴木瑛美子、小南満佑子、崎山つばさ、ほか

【横浜公演】
日程:2025年5月31日(土)〜6月14日(土)
会場:KAAT神奈川芸術劇場〈ホール〉

【大阪公演】
日程:2025年6月28日(土)〜29日(日)
会場:フェスティバルホール

▶︎ 公式サイト:https://lazarus-stage.jp

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