[連載:音の先へ]第3回:フュージョンへの道──“電気の時代”とマイルス・デイヴィス

突如として現れた“電気の時代”

1960年代後半、アメリカの社会は劇的な変化を遂げていた。市民権運動、反戦運動、カウンターカルチャーの台頭といった社会的変革に加え、音楽の世界にも革命が起こりつつあった。ジャズの伝統的なスタイルが次第に成熟し、次に求められるのは“革新”だった。そんな時、ジャズ界の革新者であるマイルス・デイヴィスが再びその先鋒に立った。

1969年、マイルスは彼の音楽に“電気的”な要素を取り入れ、ジャズの音楽性を根底から覆すことを決断する。それが、彼が生み出したフュージョンジャズだった。この新しいサウンドは、従来のアコースティック楽器を主軸としたジャズから、エレクトリックギターやシンセサイザー、エレクトリックベースなどの電気楽器を積極的に取り入れるものだった。

『In a Silent Way』──新たな地平線

マイルスのフュージョンへの第一歩は、1969年に発表されたアルバム『In a Silent Way』において明確に示された。このアルバムは、彼が従来のモード・ジャズから大きく転換し、エレクトリックサウンドを本格的に導入した作品である。

『In a Silent Way』は、実験的でありながらも、ジャズの枠を超えた新たな領域を切り開くものであった。そのサウンドは、聴く者に深い印象を与え、既存の音楽の枠を越えていく可能性を感じさせた。特に、ウェイン・ショーター(サックス)、ジョー・ザヴィヌル(キーボード)、チック・コリア(キーボード)、トニー・ウィリアムス(ドラム)といった後のフュージョンジャズの先駆者たちとともに、マイルスは新たな音楽的方向性を追求していった。

『In a Silent Way』は、曲自体が長尺であり、そのほとんどが即興的に演奏された。エレクトリックピアノやシンセサイザーの音色は、音楽に幻想的な深みを与え、ジャズとしては異例のドローンやアンビエントな音響が広がっていった。

このアルバムの発表後、マイルスは自らの音楽の幅を広げるため、さらに大胆にエレクトリックなサウンドを追求することとなる。

『Bitches Brew』──革新の頂点

1970年、マイルス・デイヴィスは、ジャズ界における“電気的革命”の完成形とも言えるアルバム『Bitches Brew』を発表する。このアルバムは、まさにジャズの新たな時代を象徴するものであり、彼の音楽キャリアにおいても重要な転換点を迎えることとなった。

『Bitches Brew』は、フュージョンジャズの金字塔として広く認識されており、音楽におけるエレクトリックサウンドと即興を融合させた作品である。マイルスは、ドラム、キーボード、エレクトリックギター、エレクトリックベースを駆使し、ジャズの即興性を活かしながらも、ロックやファンク、アフリカン・リズムなど、さまざまな音楽的要素を取り入れた。結果として、このアルバムはジャズにとどまらず、ロックやプログレッシブ・ミュージック、さらにはエレクトロニカにまで影響を与えることとなる。

アルバムには、彼のバンドメンバーであるウェイン・ショーターやチック・コリア、ジャック・ディジョネット(ドラム)らが参加し、各々が自由な即興演奏を展開している。その結果として、音楽は混沌としていながらも、何か壮大で神秘的なものを感じさせる。

フュージョンの遺産

『Bitches Brew』の発表は、ジャズとロックの融合、さらにはエレクトロニカやフュージョンミュージックという新たな音楽ジャンルを形成する契機となった。このアルバムの影響は、ジャズ界にとどまらず、広範囲に及んだ。マイルスのバンドメンバーたちは、後にウェザー・リポートやマハビシュヌ・オーケストラ、リターン・トゥ・フォーエヴァーといった重要なフュージョン・バンドを結成し、このサウンドをさらに発展させていった。また、1990年代以降のエレクトロニック音楽シーンにおいても、エイフェックス・ツインやフライング・ロータス、ポーティス・ヘッドといったアーティストたちが『Bitches Brew』から影響を受けたことを公言している。

また、マイルスが創り出したフュージョンジャズは、単なるジャンルの枠にとどまらず、音楽の「進化」そのものを象徴している。彼が生み出した音楽のアプローチは、後のジャズ・フュージョンやエレクトロニック音楽の発展にも大きな影響を与えた。

“革新の先にあるもの”

マイルス・デイヴィスがフュージョンの世界に足を踏み入れた背景には、彼が常に音楽に対して抱いていた「進化」への欲求があった。彼は、音楽を自らのものとし、時には社会的、時には個人的な理由で、常に新しい音楽の領域を切り開こうとした。

『Bitches Brew』をはじめとするフュージョン作品は、単なる音楽のスタイルを超えて、彼の音楽哲学が具現化された結果であった。「音楽は進化しなければならない」という彼の信念が、音楽の未来を見据えた創造的な冒険を支えていたのである。


マイルス・デイヴィスは、常に音楽の枠を超え、革新を追求し続けた。その挑戦は、ジャズを新しい時代へと導き、音楽の歴史において不可欠な役割を果たした。“電気の時代”として始まったフュージョンジャズは、ジャズだけでなく、音楽の歴史そのものを変革したのである。

Jiro Soundwave:ジャンルレス化が進む現代音楽シーンにあえて一石を投じる、異端の音楽ライター。ジャンルという「物差し」を手に、音の輪郭を描き直すことを信条とする。90年代レイヴと民族音楽に深い愛着を持ち、月に一度の中古レコード店巡礼を欠かさない。励ましのお便りは、どうぞ郵便で編集部まで──音と言葉をめぐる往復書簡を、今日も心待ちにしている。

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