「AIが奏でる“人間らしさ”という病」vol.6 “もし別の誰かが歌ったら”は、どこまで音楽を変えてしまうのか?

AIカバーの面白さは、ジャンル変換だけにあるわけではない。もう1つの強力な軸が、“もしこの曲を、別のアーティストが歌ったら”という仮定だ。

現実の音楽史においても、著名なアーティストや実力派シンガーが他者の楽曲をカバーし、原曲とは異なる評価や文脈を獲得する例は少なくない。ただしそれは、時間・人脈・表現力といった条件が揃ってこそ成立する“希少な出来事”でもあった。

AIは、その仮定を一気に日常へ引き寄せる。

声の質感、歌い回し、バンドの佇まい ──

本来なら交わることのなかった要素同士を、いとも容易く接続してしまうからだ。

今回は、そんな“もし~だったら”を軸にした3つのAIカバーを取り上げ、歌い手が変わることで、楽曲の性格がどこまで書き換えられるのかを見ていきたい。

What if Smooth Criminal was a WHITESNAKE song? | Hair Metal Covers
── ポップの緊張感が、80sハードロックの艶へと変貌する

マイケル・ジャクソンの「Smooth Criminal」(1987年)は、タイトなリズムと反復されるフレーズによって、極度の緊張感と中毒性を生み出した名曲だ。

このAIカバーでは、その楽曲がホワイトスネイク流のハードロックとして再構築される。イントロから鳴り響くのは、ディレイをまとったクランチサウンドのギターリフ。そこにブルージィなリードが絡み、原曲のシャープな輪郭は、艶と湿度を帯びたロックの質感へと置き換えられていく。

ボーカルは、マイケル特有のリズミカルで軽やかな反復とは異なり、デイヴィッド・カヴァーデイルを思わせるセクシーでソウルフルな歌い回しが前面に出る。同じメロディでありながら、“緊張”は“色気”へと変換されているのが印象的だ。

緩急を巧みに使ったバンドアレンジも秀逸で、中盤から後半にかけてのギターソロはコンパクトながらエモーショナル。ポップスの完成形だった楽曲が、80年代ハードロックの文脈に移植されることで、まったく別の魅力を獲得している。

【ONE OK ROCK】もしも「完全感覚Dreamer」をSuchmosがカバーしたら… (AI Neo City Pop Cover) ── もしSuchmosがワンオク歌ったら、ロックは夜の都会へ溶けていく

ONE OK ROCKの「完全感覚Dreamer」(2010年)は、疾走感とエネルギーに満ちたロックナンバーとして、バンドの代表曲の1つに数えられる。

このAIカバーでは、その楽曲が Suchmos的なネオシティポップへと変換。ハスキーなボーカルは、夜の都会に自然と溶け込むような距離感を保ち、原曲の攻撃性は抑制されたグルーヴへと置き換えられる。

カッティングギターの心地よい反復、間を活かしたベースラインが生む浮遊感。ロックからシティポップへと衣替えしても、曲が成立しているのは、メロディそのものが持つ強度が揺らいでいないからだ。

煌びやかなアレンジは、冬の夜の空気と相性がよく、原曲とはまったく異なる情景をリスナーに提示する。歌い手が変わることで、楽曲が“別の時間帯”を生き始める好例と言えるだろう。

もし、見た目スリップノット風のメタルバンドがhide「DICE」を歌ったら…(AI Cover) ── 退廃のロックは、極端な攻撃性によって露出する

最後は、海外のメタル文脈から日本のロックを再解釈するという、ひときわ歪んだ仮定だ。取り上げられているのは、X JAPANのhideが1994年に発表したソロ3rdシングル「DICE」。

インダストリアルロックを基調に、ベースにT.M.スティーヴンス、ドラムにテリー・ボジオという強力な布陣を迎えた、hide作品の中でも異様な重量感を放つ楽曲である。

原曲の「DICE」は、暴力性とポップネス、退廃とキャッチーさが同居する、hide特有のアンビバレントなバランス感覚によって成立していた1曲だ。機械的なビートの上で、歌はどこか醒めた温度を保ったまま進行し、それでいて強烈なフックを残す。攻撃的でありながら、同時に距離感を失わない ── そのねじれた感触こそが、この曲の核心だった。

このAIカバーでは、その楽曲がスリップノットを想起させるエクストリームメタルの文脈へと一気に引き寄せられる。コリィ・テイラー風の、吐き捨てるように荒れたボーカルは、hideが内包していた皮肉や虚無を、より直接的な怒りと攻撃性へと変換していく。

ドラムも象徴的だ。原曲でテリー・ボジオが聴かせていた“人間離れした精度と重心の低さ”とは異なり、ここでは細かく刻まれるバスドラムが楽曲を前へ前へと押し出す。リズムは直線的に整理され、楽曲の疾走感と破壊力が強調されている。

その結果、このバージョンの「DICE」は、hideの退廃的ロックというより、怒りを即物的に放出するモダンメタルの器として再構成される。ニュアンスや余白は削ぎ落とされるが、その代わり、楽曲が本来秘めていた“攻撃性の芯”だけが、異様なほど明確になる。

AIは、“歌い手の個性”をどこまで置き換えられるのか?

歌い手が変われば、曲の意味も変わる。それは音楽の歴史がくり返し証明してきた事実だ。AIはその原理を、極端なスピードと規模で実行してしまう。

AIはまだ、歌い手がその曲に何を託していたのかを理解しているとは言い切れない。しかし声質や表現の文法を組み替えることで、原曲が内包していた別の可能性を、結果的に掘り起こしてしまうことがある。

もし別の誰かが歌ったら ── その仮定がこれほど自由に試せる時代に、私たちは音楽を

どこまで“個人のもの”と呼べるのか? 今回紹介した動画は、その問いを静かに突きつけている。

舞音(まいね):カルチャーコラムニスト。音楽、文学、テクノロジーを横断しながら“感情の構造”をテーマに執筆。AIと人間の創作を対立ではなく共鳴として捉える視点が特徴。

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