
“医療マンガの金字塔”として名高い『ブラック・ジャック』。その誕生から50年を迎える2025年、史上最大規模の展覧会が福岡・アジア美術館にて開催される。展示されるのは、200以上のエピソードから厳選された直筆原稿500点以上。単なる原画展ではなく、手塚治虫の情熱と執念、そして作品が生まれた時代の空気までもが浮かび上がる壮大な回顧展である。
ブラック・ジャックという宇宙へ没入する
本展の魅力は、ただ作品を「見る」にとどまらず、まるでブラック・ジャックの世界そのものに「浸る」ような体験ができる点にある。展示は全4室で構成され、それぞれが異なる角度から作品の魅力を掘り下げる。

第1室「B・Jとキャストたち」では、ブラック・ジャックやピノコ、ドクター・キリコといったキャラクターにフォーカス。登場エピソードと共に裏話を紹介し、作品世界の入口として来場者を導く。フォトスポットも設置されており、ファンにはたまらない空間だ。

第2室「B・J誕生秘話」では、『新寳島』や『鉄腕アトム』といった手塚の代表作を通じて、『ブラック・ジャック』誕生の背景をひも解く。医大時代の資料や、作品の立ち上げに関わった編集者たちの証言映像など、”少年誌に医療マンガ”という前代未聞の挑戦の舞台裏が明かされる。

第3室「B・J曼荼羅」は、約140話に及ぶ原稿をテーマごとに展示した圧巻の空間。高額医療の是非、命の価値、動物への眼差しなど、作品に込められた問いの数々が、手塚の筆致を通じて立ち上がる。また、「スターシステム」にまつわる展示もあり、手塚作品群を横断する視点も提示される。

第4室「B・J蘇生」では、現代から見た『ブラック・ジャック』の新しさに焦点を当てる。手術シーンの美術的再解釈、医療従事者による分析、そして昭和という時代と作品のリンクを、ニュース映像とともに読み解く仕掛けもあり、まさに“再生されたブラック・ジャック”に出会える空間となっている。
福岡限定“カミカイ”は「小うるさい自殺者」
展覧会の各会場では、共通作品に加え、限定の「神回=カミカイ」として毎回異なる1話の生原稿が全ページ展示されている。福岡でのカミカイに選ばれたのは、「小うるさい自殺者」。裕福な若者の自殺未遂に遭遇したブラック・ジャックが、命を救うもなお死を望む青年を、あえてドクター・キリコのもとへと送り出す ── そんな異色かつ重層的なエピソードである。死と生、そして医師としての倫理が交差する本作は、まさに「生」への誠実な眼差しを描き切ったカミカイにふさわしい一話といえるだろう。

手塚治虫「ブラック・ジャック」展
- 会期:2025年4月26日(土)〜6月22日(日)
- 時間:9:30〜18:00(最終入場17:00)※金・土は20:00まで(最終入場19:00)
- 休館日:毎週水曜
- 会場:福岡アジア美術館(福岡市博多区下川端町3-1)
- 料金:一般 1,900円/中高生 1,000円/小学生 600円(いずれも税込)
- ※未就学児無料(保護者同伴)、学生証・障害者手帳提示により割引あり
詳細・最新情報は、公式サイトを参照されたし。
医師免許を持つ男が、法の枠外で命を救うというフィクション。その裏にあったのは、手塚治虫という一人の作家が、医学とマンガという二つの世界をどう生き抜こうとしたかというリアルである。この展覧会は、単なる原画展示ではなく、作品を通じて人間と命、時代と表現を考えるための、貴重な場となるはずだ。
あなたの中の「ブラック・ジャック」に、今ふたたび出会う時がきた。