[連載:MEMORIES OF THE DANCE FLOOR]第5回:ジャングルとUKガラージ──都市が生んだスピードとソウル

1990年代のロンドン。それは、多文化の坩堝であり、階級や人種の境界が複雑に交錯する都市だった。そして、その都市のざわめきそのものが、次なるダンスミュージックの形を生んだ。ハウスやテクノがアメリカから渡ってきて、アシッドハウスやレイヴが爆発的な現象を起こしたその後、UKの若者たちは自分たちの足元の音をすくい取り、より切実で、よりローカルなビートを刻み始める。それが、ジャングルとUKガラージである。

この2つのジャンルは、単なるテンポやサウンドの違いにとどまらず、それぞれがまったく異なる感情の回路を持っている。前者は暴力的なまでの速度と怒りを孕み、後者は都市の夜に漂う甘さや寂しさを匂わせる。どちらも、ロンドンという街の「今」を音で記録する方法だった。

ジャングル ── 都市の息づかい、そして叫び

「ジャングル」は、もともと1980年代後半のレゲエサウンドシステム文化と、UKハードコア(レイヴミュージックの高速化・過激化したスタイル)の交差点で生まれた。ブレイクビーツのサンプリングを細かく刻み、異常な速度(160~180BPM)で再構築することで、まるで街の雑音や衝突音を音楽にしたかのようなビートが生まれる。

この手法は、アーメンブレイク(Amen Break)という有名な6秒のドラムループを中心に発展していった。まるでドラマーが機械と化したような反復と変化、そして低く唸るようなベース ── これはまさに、都市生活のストレスや緊張を身体的に発散するサウンドトラックである。

代表的なアーティストとしては、ゴールディがまず挙げられる。1995年のアルバム『Timeless』は、ジャングルというジャンルに「芸術性」と「感情」の深みを与えた作品だ。彼のトラックは、激しさだけでなく、母性や哀しみといった情緒を含んでおり、女性の私にとっても、ただの暴力的な音楽ではない、人間的な共鳴を感じることができた。

そのほかにも、LTJブケムのような「インテリジェント・ジャングル」と呼ばれる路線や、ロニ・サイズ、DJハイプといったプロデューサーたちが、ジャングルをさまざまな方向に広げていく。特にブリストルのシーンは、サウンドシステム文化とドラム&ベースの交差点として重要な拠点であった。

ガラージ ── 都市の夜に滲むソウル

ジャングルが「叫び」だとしたら、UKガラージは「吐息」のような音楽である。そのルーツは、ニューヨークのガラージ・ハウス ── 特にラリー・レヴァンが築いたParadise Garageの世界観にある。しかし、それがUKに渡ってからは、よりローカルで、生々しいサウンドへと変貌していった。

ガラージは、2ステップ(スネアの位置をずらした不規則なリズム)と呼ばれる特徴的なビートに、R&Bやソウル、レゲエ、ラップなどの要素を混ぜ合わせ、洗練と猥雑のギリギリのところでバランスを取るジャンルである。

そのサウンドを代表するのが、アートフル・ドジャーとクレイグ・デイヴィッドの「Re-Rewind」(1999)や、MJコールの「Sincere」、そしてEl-Bのダークで重厚なトラック群だ。これらの楽曲は、クラブの深夜1時すぎ、踊り疲れた身体がふっと力を抜く瞬間に、静かに寄り添ってくる。

ガラージの魅力は、何よりも「声」にある。甘く切ない女性ヴォーカル、すこし気怠げなラップ、それらが2ステップのリズムに乗ることで、まるで恋人と電話越しに話しているかのような距離感を生み出す。私はガラージのパーティで、知らない誰かと目が合って、ほんの数秒間踊り合ったあの体験を、いまでも鮮明に覚えている。

ロンドンが育んだスピードと感情

ジャングルとUKガラージは、表面的にはまったく異なる音楽である。しかし、その背後には共通した「都市性」がある。移民の文化、多言語のノイズ、公共交通の騒音、そして抑圧と解放のリズム。ロンドンという街の雑踏が、これらの音楽のビートそのものに刻まれている。

また、どちらのシーンも「白人と黒人の協働」によって進化してきたという点も重要である。UKのダンスミュージックは、人種の壁を越えて、音楽という共通言語で対話する場を生み出してきた。それは、クラブという空間が持つ最大の可能性でもある。

現代のアーティストで言えば、ジョイ・オービソンやブリアル、Ben UFOなどが、ジャングルやガラージの精神をアップデートしていると言える。特にブリアルの楽曲は、まるでロンドンの夜の記録映画のようで、遠くに車の音が聞こえるような感覚すらある。その寂しさと美しさは、ガラージの遺伝子がいまも確かに生きている証拠である。

次回は「ダブステップからベースミュージックへ ── 低音がつなぐ未来」。深くうねる低音と、テクノロジーの進化が導いた新たなダンスの形をたどっていく予定である。音楽の旅は、いよいよ現在へとつながっていく。

Kei Varda:音楽文化研究者/ライター。ポストクラブ時代の感性と身体性に着目し、批評と記録の間を行き来する。特定の国や都市に属さない、ボーダーレスな語り口を好む。最近はリズムと都市構造の相関関係をテーマにした執筆に注力中。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

  • URLをコピーしました!
目次