[連載:ダンスミュージックの歴史]第1回:ダンスミュージックの起源 ── ディスコとソウル、そして反骨のグルーヴ

私が初めてディスコミュージックを「体験」したのは、近所の小さな中古レコード屋だった。埃をかぶった12インチのアナログ盤をターンテーブルに乗せると、スピーカーから流れ出したのはドナ・サマーの「I Feel Love」。シンセサイザーが紡ぐ滑らかなベースライン、電子音が空間を縫うように広がるその感覚は、1977年という時代をはるかに越えて未来を感じさせる音だった。

ディスコは単なる懐メロではない。そこには、抑圧や差別に抗いながらも、自らの身体と心を解放しようとするエネルギーが宿っている。ダンスミュージックの歴史を語るとき、ディスコを避けて通ることはできない。それは、現代のクラブミュージックにも連なる美意識と、コミュニティの精神が凝縮されたムーブメントだった。

地下に息づいた祝祭空間

1970年代初頭のアメリカは混乱の渦中にあった。ベトナム戦争、黒人差別、そして性的マイノリティへの蔑視 ── 社会の亀裂が広がるなかで、人々が夜な夜な集った場所があった。照明を落としたクラブのフロア、そこに響くのはジェイムズ・ブランのファンク、オージェイズの甘くも強靭なソウル、そして次第に形を整えていくディスコサウンドだった。

特にニューヨークの「The Loft」や「Paradise Garage」といった伝説的クラブでは、音楽が単なる娯楽以上の意味を持っていた。ここでは、DJが2枚のレコードを使ってビートを延ばし、曲と曲を滑らかにつなげる技術 ── いわゆる”ブレンド”や”ロングミックス”が生まれた。リズムが途切れないことで、踊り手たちは時間の感覚を忘れ、トランスのような状態へと導かれていった。

この流れを作ったのが、Paradise GarageのレジデントDJであるラリー・レヴァンだった。彼は単に音楽をかけるのではなく、空間と感情を操るように選曲し、オーディエンスを一体化させていた。ラリーのプレイには、ゴスペル的な高揚感と、ソウルフルなストーリーテリングが共存していたという。

音楽が武器になる瞬間

ディスコが革命的だったのは、そのサウンドだけではない。その場に集った人々の顔ぶれ ── 黒人、ラテン系、女性、ゲイ ── それまで社会の片隅に追いやられていた人々が、主役として輝いていたからである。

ドナ・サマーは、そんなディスコ時代を象徴する存在である。特に「I Feel Love」は、プロデューサーのジョルジオ・モロダーによる革新的なシンセ・サウンドと、ドナの艶やかなウィスパーボイスが融合した名曲として知られている。電子音と肉体が融合するこの曲は、ディスコを機械的な未来へと押し進めただけでなく、後のテクノやハウスへの道筋をも作った。

また、グレイス・ジョーンズのように音楽、ファッション、ジェンダー表現を一体化させたアーティストもディスコの流れを語る上では欠かせない存在である。彼女は鋭利なビジュアルと攻撃的なパフォーマンスで、”女性らしさ”や”男性らしさ”の概念を解体し、ステージに新たな価値観を持ち込んだ。

そして、シルヴェスター。彼の代表曲「You Make Me Feel (Mighty Real)」は、ディスコの祝祭性とクィア・スピリットを体現する一曲である。ハイトーンのヴォーカルで愛を叫ぶその姿は、今もなお、多くのLGBTQ+アーティストにとってのアイコンである。

ディスコへのバックラッシュと地下への潜行

しかし、ディスコの隆盛は長くは続かなかった。1979年、シカゴの球場で行われた「Disco Demolition Night」では、大量のディスコレコードが爆破されるという衝撃的な出来事が起こる。これは単なる音楽趣向の違いではなく、そこに潜む人種差別やホモフォビアが噴出した事件だったとも言われている。

だが、ディスコは死ななかった。それは形を変え、地下に潜った。そして1980年代に入ると、再び新たなビートとして立ち上がることになる。そう、それが「ハウスミュージック」である。

未来へのビート

ディスコは終わらない。今でも多くのDJが70年代の楽曲をリミックスし、現代のクラブでプレイしている。そして私自身も、ディスコのレコードに針を落とすたびに、そこにいる名もなき踊り手たちの熱気や希望、そして抵抗の物語を想像する。音楽は記憶であり、身体に刻まれた歴史である。

次回は、ディスコのスピリットを受け継ぎながらも、より実験的で機械的な進化を遂げた「ハウスミュージック」の誕生と、その舞台であるシカゴのシーンについて掘り下げていきたい。

Kei Varda:音楽文化研究者/ライター。ポストクラブ時代の感性と身体性に着目し、批評と記録の間を行き来する。特定の国や都市に属さない、ボーダーレスな語り口を好む。最近はリズムと都市構造の相関関係をテーマにした執筆に注力中。

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