[音の地球儀]第15回 ── マダガスカル:孤島が育むポリリズムと絹の声

民族音楽は、その土地の暮らしや風土、信仰、歴史を音に刻み込んだ、人類の“声”である。電子音が世界を席巻する今もなお、世界各地には太鼓や笛、声と手拍子だけで継承されてきた音楽文化が息づいている。この連載では、アフリカのサバンナからアジアの山岳地帯、南米の密林から極北のツンドラ地帯まで、世界中の知られざる民族音楽を訪ね歩く。単なる紹介にとどまらず、その背景にある文化や物語にも光を当て、音楽を通じて世界をより深く知る旅へと誘う。音の地球儀を、いま一緒に回しはじめよう。

アフリカでもなく、アジアでもない ── インド洋の大陸から切り離された孤島マダガスカル。その地に根づく音楽は、バントゥー系のリズム感覚、インドネシア系の旋律美、そして島独自の言語と歴史が織りなす“音のモザイク”である。竹のチューバ「ヴァリーハ」がきらめき、絹糸のような歌声がたゆたい、足を打ち鳴らすダンスが祝祭を包む。今回は、島国に流れ着いた民族と楽器たちが築き上げた、軽やかでいて底深いマダガスカル音楽の魅力を旅してみよう。

孤島の記憶 ── 音楽に残された航海の痕跡

マダガスカル島の先住民は、約1500年前に東南アジア(特にインドネシア)から渡ってきたオーストロネシア系民族と、後にアフリカ大陸から到来したバントゥー系民族の混血である。この複雑な人種的背景は、音楽にも明確に現れる。

民族語「マラガシー」はインドネシア語系であり、語りや歌の節回しにインド洋文化圏の響きを感じさせる。一方、太鼓を用いた集団リズム、足踏みを伴うダンス、ポリリズム的な構成はアフリカ大陸由来だ。すなわち、マダガスカル音楽とは、漂着と混淆の歴史がそのまま音になった存在である。

ヴァリーハのささやき ── 竹と絃の調和

ヴァリーハ(valiha)は、マダガスカルを代表する民族楽器。細長い竹筒に金属や絹糸の弦を張り、爪や指先で奏でる。音色はハープに似て繊細で、風のようにやわらかい。

この楽器は、演奏者の身体に寄り添うように抱えて弾くため、奏者の呼吸や語りと融合するように聞こえる。多くの村では、家族や親族が集まって歌いながらこの楽器を演奏し、祝祭や結婚式、葬儀の場を彩ってきた。

民衆の演劇 ── ヒラガシーと語り芸の音楽

マダガスカル中央高地では「ヒラガシー(Hiragasy)」と呼ばれる伝統芸能が盛んに行われている。これは、語り・演劇・ダンス・音楽を融合させた移動型のパフォーマンスであり、農村の村祭りなどで披露される。

特徴的なのは、男女混成の合唱と、それに呼応するリズミカルな足踏み、手拍子。パフォーマンスのテーマは政治的風刺や歴史的叙事詩であることも多く、娯楽と教育の両面を担ってきた。

ヒラガシーには、マラガシー語の詩的表現が数多く取り入れられており、歌詞を通じて世代を越えた知恵や感情が伝えられる。

サレギーとダンス音楽の進化

北西部を中心に発展した「サレギー(Salegy)」は、現代マダガスカルにおけるダンス音楽の代表格である。16ビート系の高速ポリリズム、エレクトリックギターとシンセサイザーの導入、そして躍動感ある掛け声が特徴的だ。

このジャンルの旗手が「マダガスカルのジェームズ・ブラウン」とも呼ばれるジャオジョビーである。彼はサレギーにファンクやロックの要素を加え、国内外にその魅力を広めた。

モダンと伝統の境界 ── 都市と若者文化の音楽

90年代以降、タリカ(Tarika)やダマ(Dama)といったアーティストが国際舞台に登場し、マダガスカル音楽は「ワールドミュージック」としての地位を確立していった。彼らは伝統楽器や言語を活かしつつ、社会問題(環境破壊、貧困、ジェンダーなど)をテーマにした歌を発表し、音楽を通じて世界と対話した。

また、首都アンタナナリボでは、ヒップホップやレゲエの影響を受けた若者たちによる「マラガシー語ラップ」も登場し、伝統と現代が共存する文化が芽吹いている。

結び ── 森と声の記憶装置としての音楽

マダガスカル音楽には、記録されずとも生き続ける力がある。それは、家族の語り、儀式の歌、村の祭りといった暮らしのなかに息づいてきた。

言葉にならない感情を音に託し、自然と対話し、先祖とともに歌う ── そんな音のあり方が、現代においても変わらず継承されていることに驚きを禁じ得ない。

孤島でありながら、多彩な文化の交差点であり続けたマダガスカル。その音楽は今日も、竹の共鳴と声の綾をとおして、世界に静かな息吹を届けている。

Sera H.:時代を越える音楽案内人/都市と田舎、過去と未来、東洋と西洋。そのあわいにいることを好む音楽ライター。クラシック音楽を軸にしながら、フィールド録音やアーカイブ、ZINE制作など多様な文脈で活動を展開。書くときは、なるべく誰でもない存在になるよう心がけている。名義の“H”が何の頭文字かは、誰も知らない。

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