
ヒップホップは1970年代のニューヨーク・ブロンクスで誕生し、ストリートカルチャーとしての精神を持ちながら、音楽、ファッション、アート、そして社会運動と深く結びつきながら進化してきた。80年代には商業的成功を収め、90年代には東西抗争やギャングスタ・ラップの台頭によって激動の時代を迎える。2000年代に入ると、ストリーミング時代の到来とともにその影響力を拡大し、トラップやクラウドラップといった新たなスタイルが生まれた。そして現在、ヒップホップは世界中で楽しまれる音楽ジャンルへと成長し、社会的メッセージを発信する重要な文化のひとつとなっている。誕生から半世紀を迎えたヒップホップは、今もなお進化を続け、次世代の表現者たちによって新たな歴史が刻まれようとしている。
1990年代のヒップホップは、それまでのアンダーグラウンドな存在から大衆文化へと急激に成長し、多様なスタイルが生まれた時代だった。80年代後半に登場したギャングスタ・ラップが主流になる一方で、社会的メッセージを強調するコンシャス・ラップや、ジャズやソウルを取り入れた実験的なスタイルも台頭。加えて、東海岸と西海岸のライバル関係が激化し、ヒップホップ史に残る「東西抗争(East Coast vs. West Coast)」が展開された。さらに、ヒップホップが商業的に成功し、アーティストたちは音楽だけでなくファッションやビジネス面でも影響力を持つようになった。
ギャングスタ・ラップの台頭とGファンク
1990年代前半、ギャングスタ・ラップは最も影響力のあるヒップホップのスタイルとなった。特にカリフォルニア州ロサンゼルスを拠点とする西海岸のラッパーたちが中心となり、現実のストリートライフや犯罪、警察との対立などをリアルに描いたリリックが特徴だった。
1992年にドクター・ドレーがアルバム『The Chronic』をリリースし、Gファンクを確立した。これに続き、スヌープ・ドッグなどのアーティストが登場した。 1993年にはスヌープ・ドッグがアルバム『Doggystyle』でデビューし、全米で圧倒的な人気を獲得、1994年にはアイス・キューブや2Pacがギャングスタ・ラップをさらに深化させた。Gファンクは、Pファンクやソウルミュージックをベースにしたサウンドで、スムーズなビートとシンセサイザーのメロディが特徴。西海岸のヒップホップシーンの黄金期を築き、全米のリスナーに広がった。
東海岸のリアルなストーリーテリング
一方の東海岸では、1990年代前半にブームバップと呼ばれるドラム主体の硬派なビートを中心としたヒップホップが確立され、社会的なテーマやリリックのスキルを重視する動きが強まった。
1994年にナズがアルバム『Illmatic』をリリースし、ヒップホップの歴史に残る名盤となった。リアルなストリートの生活を叙情的に描くリリックが特徴だった。 1994年にはノトーリアス・B.I.G.がアルバム『Ready to Die』を発表し、ニューヨーク・ブルックリンのストーリーを描いた。そして 1995年にはモブ・ディープがアルバム『The Infamous』をリリースし、よりダークでハードコアなヒップホップを展開した。東海岸のアーティストたちは、ライムやフロウの技巧を重視し、より詩的でリアリズムに満ちたヒップホップを生み出していった。
東西抗争と悲劇
1990年代半ばになると、ヒップホップの勢力争いは激化し、特に2Pacとノトーリアス・B.I.G.の対立が象徴的な出来事となる。1995年に2Pacが銃撃されるが生還。その後、彼はノトーリアス・B.I.G.やバッド・ボーイ・レコードを激しく批判するようになった。1996年には2Pacがラスベガスで銃撃され、25歳で死亡。1997年にはノトーリアス・B.I.G.もロサンゼルスで銃撃され、24歳で死亡した。この一連の事件により、ヒップホップ界は大きな衝撃を受け、以降、東西の対立は沈静化していった。
ヒップホップの商業化とビジネス
1990年代後半になると、ヒップホップは単なる音楽ジャンルではなく、ビジネスとしても成功を収めるようになった。
1996年にジェイ・Zがデビューし、後にヒップホップ界のビジネスアイコンとなる。 1998年にはDMXがデビューし、荒々しいラップスタイルでストリート層の人気を獲得した。 1999年にはエミネムがアルバム『The Slim Shady LP』をリリースし、白人ラッパーとしての地位を確立した。
また、ヒップホップファッションも商業的に成功し、ショーン・ジョンやロッカウェアなどのブランドが登場した。ヒップホップは音楽だけでなく、ライフスタイル全体に影響を与える存在になった。
1990年代ヒップホップのまとめ
・ギャングスタ・ラップの台頭。ドクター・ドレーやスヌープ・ドッグがGファンクを確立し、西海岸が主流になった。
・東海岸のリアルなラップ。ナズやノトーリアス・B.I.G.がストーリーテリングを強化し、リリック重視のスタイルが人気になった。
・東西抗争の激化と悲劇。2Pacとノトーリアス・B.I.G.の死がヒップホップ界に大きな影響を与えた。
・商業化とビジネスの発展。ヒップホップが世界的に広がり、音楽以外にもファッションやビジネスの影響を持つようになった。
このように、1990年代はヒップホップが音楽の枠を超え、社会や文化に強い影響を与える時代へと変貌した10年間だった。

Jiro Soundwave:ジャンルレス化が進む音楽シーンにあえて抗い、ジャンルという「物差し」で音を捉え直す音楽ライター。90年代レイヴと民族音楽をこよなく愛し、月に一度は中古レコード店を巡礼。励ましのお便りは郵便で編集部まで