[音の地球儀]第13回 ── エチオピア:五音音階とモダン・グルーヴの邂逅

民族音楽は、その土地の暮らしや風土、信仰、歴史を音に刻み込んだ、人類の“声”である。電子音が世界を席巻する今もなお、世界各地には太鼓や笛、声と手拍子だけで継承されてきた音楽文化が息づいている。この連載では、アフリカのサバンナからアジアの山岳地帯、南米の密林から極北のツンドラ地帯まで、世界中の知られざる民族音楽を訪ね歩く。単なる紹介にとどまらず、その背景にある文化や物語にも光を当て、音楽を通じて世界をより深く知る旅へと誘う。音の地球儀を、いま一緒に回しはじめよう。

アフリカ大陸の北東、いわゆる「アフリカの角」に位置する高地国家エチオピア。その音楽は、地理的にも文化的にも他のアフリカ諸国とは一線を画している。独自の旋律体系、宗教儀礼と結びついた古代の音楽、そして1960〜70年代に生まれたファンクやジャズと融合した“エチオ・グルーヴ”。この国の音楽は、まさに時空を超えて変容を繰り返す旅人である。今回は、五音音階「キニート」を中心としたエチオピア音楽の伝統と、その驚異的な再創造の歩みに耳を澄ませたい。

古典の深層 ── ズェマとキニートの宇宙

エチオピアの音楽を語るうえで欠かせないのが、エチオピア正教会の宗教儀礼音楽「ズェマ(Zema)」である。4世紀にアクスム王国がキリスト教を国教と定めて以来、宗教と音楽は密接に結びついてきた。

「ズェマ」は単なる賛美歌ではない。旋律は古代から口承で伝えられ、特定のリズムや旋法を伴って礼拝の空間を満たす。譜面化されたのはごく近代に入ってからであり、その意味で「生きた聖なる音」と言える。

このズェマや民謡、都市音楽などを貫くのが、五音音階「キニート(Qenet)」である。キニートには代表的なものとして以下の5種がある:

  • Tizita(ティジタ):郷愁、切なさ
  • Bati(バティ):祈り、柔らかな旋律
  • Ambassel(アンバッセル):明るく躍動感のある旋律
  • Anchihoye(アンチホイェ):神秘的で荘厳
  • Tezeta(テゼタ):ティジタとほぼ同義、記憶やノスタルジー

これらのモードは西洋音楽の長調/短調とは異なり、上下行によって微妙に音の性格を変える。旋律はリズムとともに語り、祈り、踊る。

黄金時代 ── 1960〜70年代「エチオ・グルーヴ」の誕生

エチオピア音楽が世界的注目を浴びる最初の契機は、1960年代〜70年代に訪れる「音楽黄金時代」である。この時代、首都アディスアベバでは、伝統音楽に加え、欧米のジャズやラテン音楽、ロック、ソウルが流れ込み、国営レーベルやクラブが次々と誕生した。

この時代の象徴的人物が、ムラトゥ・アスタトゥケである。イギリスとアメリカで音楽教育を受けた彼は、エチオピアのモードとジャズの即興性を組み合わせた「エチオ・ジャズ」を創出した。

また、マフムード・アフメドやティラフン・ゲセッセらは、エチオピア語によるヴォーカル・ミュージックを強烈なグルーヴ感とともに表現した。

この時代のエチオピア音楽は、ファンクやソウルの骨格に、エチオピア独自のスケールとアフリカ的ポリリズムを掛け合わせた、唯一無二のグルーヴを生んだ。

崩壊と亡命 ── ディアスポラと沈黙の時代

しかしこの黄金時代は、1974年のハイレ・セラシエ皇帝の失脚と、共産主義軍事政権(デルグ)の台頭により急転する。検閲や外来文化の排除が強化され、音楽家たちの多くが弾圧、亡命を余儀なくされた。

ムラトゥ・アスタトゥケは活動を停止し、多くのスター歌手やバンドがアメリカやヨーロッパへ逃れた。だが、亡命先では彼らの音楽が静かに生き延び、地下で録音されたカセットやリリースは、ディアスポラの間で“記憶の再生装置”となった。

この“失われた音”を掘り起こしたのが、フランスのレーベルBuda Musiqueが手がけた「Éthiopiques」シリーズである。1997年から始まったこのシリーズが、エチオピア音楽を世界のジャズ/ワールドミュージック・シーンに再浮上させた意義は計り知れない。

再起動する伝統 ── 21世紀の継承者たち

2000年代以降、エチオピア音楽は静かに復活を遂げつつある。

その先頭に立つのが、亡命先から帰還した音楽家たち──キーボーディスト、ハイル・メルギアは再評価を受け、米国のレーベルAwesome Tapes From Africaから再発。クラウトロックや電子音楽との交差点として注目された。

また、エチオピア国内では、伝統舞踊と現代音楽を融合するグループ、エチオカラーなどが登場。さらに、アメリカやフランス、ドイツなどでは、ディアスポラの若者がエチオピア音楽にエレクトロニクス、ヒップホップ、ジャズを掛け合わせる新世代ムーヴメントを築いている。

エチオピア音楽はもはや伝統音楽ではない。それは、常に時代とともに生まれ変わる“響きの交差点”なのである。

結び ── 地図のどこにもない音楽へ

「五音音階」と聞けば、単純で素朴な音楽を想像するかもしれない。だが、エチオピアのそれはまったく異なる。

キニートの中には、過去への郷愁も、祝祭の熱狂も、亡命者の孤独も、再生への祈りもすべてが含まれている。その音は、地理やジャンルの境界を越え、リスナーの心を不意に掴む ── 言葉にならない感情の芯を突くように。

今、エチオピア音楽は、ベルリンのクラブで、ニューヨークの地下シーンで、アディスアベバの街角で、あるいは自宅のイヤフォンの中で、再び聴かれている。

それは「失われた音」ではなく、「いま生きている音」である。そして、私たちがまだ知らない音楽地図の上に、新たな一筆を加える旅は、これからも続いていく。

Sera H.:時代を越える音楽案内人/都市と田舎、過去と未来、東洋と西洋。そのあわいにいることを好む音楽ライター。クラシック音楽を軸にしながら、フィールド録音やアーカイブ、ZINE制作など多様な文脈で活動を展開。書くときは、なるべく誰でもない存在になるよう心がけている。名義の“H”が何の頭文字かは、誰も知らない。

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