
VETHELの特集企画「音楽と〇〇」は、音楽と寄り添うさまざまなサブカルチャーとの交わりを探るインタビューシリーズ。〇〇はアートやゲーム、漫画、映画、ガジェット、建築、グルメ、旅行、乗り物、スポーツ、アウトドア……など何でもあり。音楽とその界隈の関係を語っていただきます。今回のゲストは?
小学校のころに出会った徳永英明のカセットテープ。老舗煎餅屋の家に生まれ、階下では香ばしい音が響くなか、階上ではB’zやミスター・ビッグに夢中になっていた──。音楽を愛し、ベースを弾き、ベンチャー企業でキャリアを積んだのち、いま再び「煎餅屋」という家業に向き合う若き店主がいる。松﨑宗平さんが語るのは、“和と洋”、“甘味と音”、“伝統と革新”をつなぐ人生のリズム。音楽と和菓子が響き合う、意外で素朴な交差点へようこそ。

大学時代にはバンド活動を開始。家業を継いだ後も、選曲活動や音楽イベントの企画など、音楽活動を継続。
和菓子と音楽、一見異なる二つの分野で、独自の視点と哲学を追求している。
仕事でもどんな事柄でも物の考え方は全て一緒
VETHEL 今日は「音楽と和菓子」をテーマにお話を伺います。最初に幼少期に煎餅と音楽、どちらに先に出会いましたか?
松﨑宗平 煎餅です。当たり前ですよね、売ってたので(笑)。
VETHEL では音楽を聞き始めたのはいつぐらいですか?
松﨑宗平 一番最初に買ったカセットテープが小学校のときで、徳永英明の、ドラゴンクエストの主題歌だった「夢を信じて」かな。その次が父が買ってくれた渡辺貞夫のスーパーマリオのカバー集『スーパーマリオワールド』。それは今も持ってるというかデータにして保存してます(笑)。
VETHEL ナベサダがかっこいい!というよりは、マリオの方に惹かれて?
松﨑宗平 そうですね。で、その後は中学生でリンドバーグやB’zとかバンドものを聞き始めて、あるときB’zを聞いてたら、父がこのギター好きだったなと言って、ハードロックを聞かせてくれて。その流れからミスター・ビッグにハマって、洋楽をガーっと聞き出した感じなんです。
VETHEL お父様が元々いろいろな音楽を聞かれてたんですね。
松﨑宗平 父はギターを弾いていて、レコード好きで、特にブルースがすごく好きだったんです。なので音楽に対して割と寛容というか。「ポール・ギルバートはめちゃくちゃうまいけど手癖が同じだな」とか評してましたけど(笑)。父はイギリスのトラフィックで知られているデイヴ・メイスンが大好きで、ジミヘンとかは上手いとは思うけど好きじゃないとか、いろんな話をしてたのが中学〜高校ぐらい。
VETHEL ではバンドをやり始めるのも自然な流れですね?
松﨑宗平 当時は中学生でみんながギターを買い始めて、俺もギター弾いてみたいって、父と楽器屋へ行ってフェルナンデスのZO-3を買ってもらったのが一番最初ですね。
VETHEL 小中学校のころに、ウチは大きいお煎餅屋だっていう認識はあったわけですか?
松﨑宗平 煎餅屋だっていう認識はもちろんあって、自分の住んでたビルの1階にお店があって、当時銀座が路線価一位みたいなニュースが出たときが、うちの近所のビルのあたりだったので、いいとこにあるんだなと思った記憶があります。
VETHEL 将来、家業を継ぐ・継がないみたいな話は意識してましたか?
松﨑宗平 祖父・祖母には当たり前のように言われていて、その反動なのか両親には1回も言われたことはないんです。好きなことやりなさいっていう一辺倒だったので、全然気にせずに、高校2年のときに医者になりたいと思って受験勉強を始めて。そのとき親は医者になるのはいいじゃんみたいな感じ。でも理系科目は得意だったけど、文系科目 ── 特に英語が苦手だったので、医者になることは諦めたんです。
VETHEL そのころから煎餅屋さんを意識してた?
松﨑宗平 全然思ってなくて、元々絵を描くのが好きで、小学校のころの夢が漫画家だったんですよ。中学ぐらいで文を書くのが苦手なことに気づいて、ならイラストレーターだっって、パソコンで絵を書くようになったのが、大学生ぐらいのとき。若野桂(編注:1968年1月5日生まれ、岐阜県出身の日本のグラフィックデザイナー、イラストレーター、アートディレクター、映像作家)さんがすごく好きで、イラストレーターってかっこいいなと思ったところからデザインの方に興味を持ち始めて。その流れでデザインの仕事に就いたんです。
VETHEL 煎餅屋さんを継ぎつつ、音楽活動を続けようかなって言ったと思ったのはいつぐらいですか?
松﨑宗平 9人しか正社員がいないベンチャー企業に入ったんです。結論から言うと会社を辞めるときには正社員が40人ぐらいまで成長して、最終的にはかなり責任があがったんです。下に年上の社員もいるし経営会議にも出る。そうなったときに、これ以上いると、この会社を抜けられなくなるんじゃないかと……。それで父に、今の状況どう思うって聞いたら、好きな方を選べばいいんじゃないと。癪に触るではないですけど、ここでも会社継げって言わないんだと思って(笑)。“んじゃ、継ぐわ”って今の会社に入ったのがきっかけですね。
VETHEL DJとバンド、音楽活動と和菓子って共通点ってあると思いますか?
松﨑宗平 すごく難しい質問ですね……率直なことで言えば、ないのかな。ただベンチャーのときに学んだことが自分の心にあって、仕事でもどんな事柄でも物の考え方は全て一緒っていう価値観が自分の中にある。例えば、ウェブでコンテンツを作るときに先にはそれを使う人がいて、その人の楽しいものを考えて作る。お菓子で言えば食べる人がいて、その人がどういうふうにお菓子を手にするかを考える。DJ/選曲はお客さんの教場や動きを見て、何を求めてるかを探って、楽しんでもらえそうな曲をかける。言ってみればマーケティングですけど、この考えに尽きると思ってて。だからお菓子と音楽っていうよりかは、世の中すべてに対して共通な気がしてるみたいな感じはあるかもしれない。
VETHEL 自己満足的なものじゃなくて……
松﨑宗平 必ず受け取る人がいる。それはSOUR(バンド)をやってるときも常に思ってたし。他のメンバーはクリエイティブな人間だったので、僕は逆にマスの方向に引っ張る役目だと思ってた。僕は基本0→1を作るクリエイティビティのある人間だと思ったことなくて、どちらかというと0を1にしたモノをいかに大衆化させるか。なので、メンバーが作ってきたリフに対して、いかにポップな方向にコード進行を変えるかやってたけど、メンバーがそういう方向を求めてないと、そこでちょっとこぜり合いがあったり。
VETHEL それじゃカッコ悪いよね、とか?
松﨑宗平 そう。でも絶対ポップな方がいいと思うんだってやってたけど、僕は自分の主張を示したいタイプではないんです。それは選曲にも通じてて、例えばハウスで縛ってやるっていうことはやる気もないしやれないし、逆に言うとそこを深く掘るほどの興味が持てない。ハウス自体は好きですけど、他のジャンルもまんべんなく聞いています。ハウス系が好きそうな人が多そうだったら、ちょっと四つ打ちを多めにして、でもそこにちょっとポップス混ぜるっていうようなことを常に考えているので、基本的には場所に合わせて40曲とか用意してって、そこにさらに違う曲を当てるってやってます。
VETHEL DJのときお客さんが沸いたらやっぱり嬉しい?
松﨑宗平 まさしくそう。だからってみんなが知ってる曲ばかりかけて歌謡曲大会にするのも嫌で、そのサジ加減はいつも考えますね。
何についても余韻や間ってあるかなという気はしてます
VETHEL 音と味には通じる“間”や“余韻”があると思いますか?
松﨑宗平 それはある。さっきの全部が共通っていうのと同じ文脈な気もするんですけど、楽しい興奮や美味しい興奮って、持続しすぎると絶対に疲れる。興奮=ストレスなので、それを抜くことによって、その興奮が余韻となって残って、次に繋がる。DJしているときも、余韻の長さ、どれぐらい静けさを保つか、そこから四つ打ちをフェードインさせるか、そういう余韻コントロールが、楽曲制作にしても選曲にしても食べ物にしても大事だと思うんです。ズーッと美味しいもの食べてると疲れるじゃないですか?
VETHEL よく分かります。
松﨑宗平 若いときはメインディッシュがどっさりが一番いいんですけど、今はそれができなくなってきてる。しかも食べ合わせに加えてお酒も入ってくる。何についても余韻や間ってあるかなという気はしてます。
VETHEL 余韻といえば昔からDJクラッシュさんのプレイには余韻、間みたいなものを感じます。
松﨑宗平 DJって哲学がある人が多い気がしていて。それこそ僕がバンドをメインでやってたときに、面倒見てくれてたレーベルの社員が幼稚園からの同級生だったんです。彼とは縁あって今でも仲良くしてて、その人がDJやってて、僕は当時、DJって何やってるかわかんなくて。
VETHEL 人の曲を流すだけだろうと?
松﨑宗平 そう。DJの何が楽しいのか分からないし、DJのスキルがいまいち分からなくて。当時DMCジャパン ── いわゆるスクラッチのすごさは分かるんだけど、それ以外の部分の何が面白いのか本人に聞いたんです。そのときに言われたのはいまだに覚えていて、“ズーッと盛り上がってるのは自分的には本意じゃない”と。お客さんが帰った後に、あのDJのとき楽しかったよねっていう印象を残せたら俺の勝ちだと思ってると。それがズーッと心に残ってます。
VETHEL 空気作りみたいな……
松﨑宗平 っていうのはいまだに思ってる。盛り上げようってイベントもあるけど、どちらかというとアンコマンないとも、みんなでお菓子を楽しむために来てもらう。“なんか楽しかったね”って思ってもらいたい。ひたすら盛り上げたい場合もあるけど、そうじゃないときはあまり主張する気もないし。何も決まりがなければ、やっぱりベーシストなんで、ベースがかっこいい曲ばっかりってのもあります(笑)。やっぱりベースを気にする選曲はしてしまうんですね。最近、元々は好きだったわけじゃないのに、80年代前後のシティポップに行きがちになっちゃって……要は当時のベースがかっこ良くて。
VETHEL 当時は意識して聞いてなかった?
松﨑宗平 山下達郎さんももちろん知ってはいるけどちゃんとは聞いてなくて。選曲するようになって、ベースの音を追い始めたらすごく好きになって、そこから後藤次利しばりで曲を買い始めてサディスティックス、吉田美奈子にハマって。
VETHEL 当時はベースじゃなくて上物を聞いてた?
松﨑宗平 そう、上物として聞いてたんだと思います。だけどべースを追っかけてたら好きになって、世の中の流行に反して、かなり後から好きになったら感じですね(笑)。僕らSOURのちょっと前に渋谷系が流行して、クラムボン、オザケン、フィッシュマンズが流行っていて、僕らはSOURをやっていて、後半あたりに入れ替わるようにYogee New Wavesが出てきて、あの辺って僕的にはシティポップな印象が強くて、当時は“こういうバンドが流行ってんだなあ”って思ってたぐらいだったんです。そこから10年経って、シティポップを聞くようになって、Yogee New Waves、すげえかっこいいじゃん!って思ってるという(笑)。
VETHEL そこまで戻るか!と(笑)。
松﨑宗平 今だから彼らのやりたいことが分かる気がする。だから最近普通に聞いてますね。事務所の社長もよく知ってるので、すげえかっこいいですねと今さらですが言いたいですね。
VETHEL 今それ言う?みたいな感じ
松﨑宗平 そう(笑)。今もすごく流行っていますけど、ずっと昔から知ってる割に今になって好きになった感じです。

音楽と和菓子が共存するところはやっぱり楽しい場面
VETHEL 音楽の趣味とか聞き方って変わりますよね。ところで、あえてウチの煎餅はこの曲と一緒に楽しんでほしいなっていうのありますか?
松﨑宗平 簡略的な答えで言えばないっス(笑)。味覚って ── 聴覚もそうですけど ── ここの趣味なので正解は絶対なくて、さっきのマーケティングで言うと一番最適解を探すだけになっちゃうわけです。だけどやっぱり食べ物にしても音楽にしても、そうじゃないところに届ける必要は絶対あると思っていて……例えば自分が好きじゃない商品もあるんです。僕はあまり好きじゃないけど、人気の商品だったりするし、それを否定する気は全くないし、それが食べ物だと思うんです。それを前提にした上で、強いて言うなら、自分が好きなお菓子、好きな煎餅を食べるなら、せっかくなんで同じ作り手ですっていうことで自分のバンド聞いてくれたら嬉しい(笑)。
VETHEL これまでの音楽活動が、煎餅作りや商品化に影響を与えたときもありますか?
松﨑宗平 煎餅作りに関係ないけど(笑)、一番影響があったのはビルの建て替えをするとき。建て替えもいろんなパターンがあって、専門家ではないし、それをいろんな人に相談して、どの方法を採用するかかなり悩んだんです。一番ベストな、これにしたいって案を出してくれた会社が、SOURのバンド活動の中でフェスに出たときに、前日に一緒にバーベキューをやってた子の紹介っていう。それまでバンドやっててよかったなって本当に思った(笑)。
VETHEL そんなベストな方法だったんですか?
松﨑宗平 実際、蓋を開けて、他のパターンがどうだったか分からないですけど、当時俺も、財務の人間も、うちの父も、もう1択だねと。大手の不動産なんですけど、そこにたどり着いたのはバンドの成果でしかない(笑)。本業の和菓子作りに関して言えば、絡みはいろいろあるんです。バンドのノベルティに煎餅を作るとか。あと、ビルの建て替えのときに最後にテナントがいなくなるじゃですか? そこでアンコマンふぇすやったんですよ。元々売り場があった一階にアンコマンストアを作って、メンバーのお菓子を販売する。二階の茶席でアンコマンかふぇにしてコーヒーを出して和菓子を食べられるようにして、3階の画廊を使ってアンコマンないとをやって、そこに自分のバンドでライブやったり。相互関係としてのシナジーはあったと思います。ちょっとしたシナジー、ちょっとしたエッセンスにお互い、バンドと煎餅がなってるかな。
VETHEL アンコマンないとが一番分かりやすいと思いますが、今後、音楽×和菓子でとんな体験を生み出していきたいですか?
松﨑宗平 音楽にしてもお菓子にしても、すごく極端な話をすれば、なくても生きていけるじゃないですか? なので、“楽しむ”っていうチャンネルしか、僕らには提供できる場所がないんです。 食べ物も音楽もに楽しむだけじゃなくて悲しいときに食べる、聞く、そういった環境はあるにしても、音楽と和菓子が共存するところはやっぱり楽しい場面が多いと思うんです。その楽しい場面もすごく盛り上げたいというより、自然な流れとして周知していきたい。大きな夢はないんですけど、何となくアンコマンないとを知ってる人が増えて、何となく“和菓子がいいよね”みたいに思う人がひとりでも増えれば嬉しいなと思います。
VETHEL 松﨑煎餅さんは、割と手に取りやすいし、日常に入り込みやすいですよね。
松﨑宗平 お菓子、特に煎餅の中で言うとウチは高級ラインになるんだと思います。でも誰もが買えない値段ではなくて、もらったらちょっと嬉しいとか、食べたら美味しいものを作っていて、僕らがイベント活動をすることで、和菓子への入口が増える。それだけでも意味があるのかなって思っています。それは根本的に僕自身が一番最初のバンド“SOUR”をやってたときに、まずMVですごく名前が売れたわけですよ。自主でCDを作って、それがヴィレッジヴァンガードで一気に売れて、そこからレーベルがついてって着実にやってった。僕らが日本全国や東アジアでライブをやれるようになったのは、ミュージックビデオの影響が大きくて、それで得た知名度が大きかった。でもミュージックビデオって映像だけ見る人もいるわけで……。
VETHEL 当時の400万は凄かったでしょうね?
松﨑宗平 400万再生の中で、映像は最高だけど曲は微妙だっていう人もいっぱいいたんです。それに対してストレスを感じてたメンバーもいるかもしれないですけど、僕がそこで得た感覚が、コンテンツってフラスコみたいなもので、このフラスコがどんどん大きければたくさんの人が入ってきて、たまった部分がリピーターになってファンになる。それはお菓子でも音楽でも一緒で、であればこのフラスコって大きければ大きいほどいいっていう感覚がずっとあるんです。なので松陰神社店は煎餅屋に見えない、カフェみたいと言われますけど、ランチ目的(今はやってないですが)で来る人が結果煎餅を買ってくれて美味しいじゃんって、また来てくれる。そういうフラスコの口を大きくする活動というのが僕の根幹にあって、それは音楽もまったく同じ。イベントやパーティが好きで、お菓子食べたら美味しかったから買いに行こうっていう人が増えれば、フラスコ拡大の一環になる。大きな転換を狙いたいというより、窓口を広げる活動っていうところに終始してる感じですね。

イベント情報
アンコマンないと
2025年5月28日(水)18:00〜23:00
場所:渋谷XXI
入場料:1,000円(1ドリンク&和菓子付き)

Interview & Text & Photo : VETHEL