出現と幻惑のあいだで音は呼吸する ── ヴィジブル・クロークス、新章『Paradessence』を発表

ポートランド拠点のエレクトロニック・デュオ、ヴィジブル・クロークスが、3作目となるフルアルバム『Paradessence』を2026年5月22日にRVNG Intl.よりリリースする。先行シングル「Disque」では、Motion GraphicsをフィーチャーしたMVも公開。揺らぎ、うねり、きらめく14曲は、「出現」と「幻惑」という相反する概念を軸に、音と沈黙の境界を彫刻するような作品へと結実している。

“逆説的本質”というタイトルが示すもの

アルバム名『Paradessence』は、作家Alex Shakarが提示した造語に由来する。「逆説」と「本質」が共存する状態――たとえば、同時に鎮静と覚醒をもたらすコーヒーのように、欲望の中心には分裂した核があるという視点だ。ヴィジブル・クロークスがこれまで探求してきた、オーガニックと人工、偶然と意図、本物と複製といった対立概念のマトリクスは、本作でより直接的に露出する。均衡は不安定でありながら、21世紀的な現実の緊張関係を繊細に反映し、抽象的な“夢の現実”を喚起する。

沈黙という登場人物が音を彫刻する

『Paradessence』において重要なのは、鳴っている音だけではない。沈黙そのものが、ひとつの主体として作用している。建築理論家Christopher Alexanderの「ポジティブ・スペース」の概念に触発され、音と同等の配慮が“空白”の形にも向けられているのだ。音は常に自らの沈黙を伴って運ばれ、存在と非存在のあいだを振動しながら、微生物のようなライフサイクルをたどる。そこではアンビエンスは背景ではなく、生成と消滅のプロセスそのものとして立ち上がる。

先行曲「Disque」に見るボトムアップの作曲哲学

先行シングル「Disque」は、徐々に美しさを増していく“吐息”の連なりのような楽曲だ。分岐しながら伸びていく音の紡錘、縫合の糸のように要所を結び合わせるピアノのライン。静けさへと戻るたびに再起動するかのような緊張を孕み、最終的には余韻だけを残して消えていく。Doranは、完成形のビジョンから逆算するのではなく、アイデアが立ち現れる条件を設定する“ボトムアップ”の手法を強調する。確率的手法を用いて、ソースから段階的に抽象が展開していく ── それがヴィジブル・クロークスの制作思想だ。

MVは英国のフォトグラメトリストGrade Eternaとの共作。ロンドンの名もなき温室を3Dスキャンし、点群データとして変形・歪曲することで、現実と仮想の境界が溶ける空間を描き出している。

コラボレーションが形作る“共同体的サウンド”

本作には、長年の協働関係にあるアーティストたちが再び集結する。合成木管と共同ミックスを担うのはMotion Graphics。連結曲「Shapes」と「Thinking」は、環境音楽の革新者であるYoshio OjimaとSatsuki Shibanoとの共作で、さらに「Thinking」では作曲家Félicia Atkinsonがフランス語の朗読で参加する。

また、ルーマニア出身の作曲家/ヴァイオリニストIoana Șelaruは「Intarsia」で声と弦を提供。実在の弦と合成ストリングスの境界を曖昧にする試みは、“幻影的な存在感”というテーマを鮮やかに体現する。さらにDoranのプロジェクトであるComponium Ensembleが「System」の基盤を担い、実体と仮想の滑りを音響的に提示する。

抽象へと舵を切る、新たな到達点

楽器群は個々の主体ではなく、風に揺れる葉の群れのように共同体的に振る舞う。数分のあいだにせり出し、引っ込み、変容していくその動きは、固定されたアンビエンスから離れ、“生きた素材”として空間の中で変化し続ける音の在り方を示す。ユートピア的な未来像は、ナイーブでもシニカルでもノスタルジックでもない。むしろ、デジタル・モダニティの只中で生きる感覚そのものが、抽象的なフォルムとして音に結晶している。

2017年の名作『Reassemblage』、Yoshio Ojima/Satsuki Shibanoとの共作『serenitatem』を経て、ヴィジブル・クロークスは翻訳・生成・変換という方法論を深化させてきた。『Paradessence』はその総決算であり反転でもある。存在と非存在、現実と仮想のあいだで振動する音の彫刻 ── それは、いまこの時代の感情の襞を、最も静かで鋭利な形で映し出す電子音楽だ。

Artist: Visible Cloaks
Title: Paradessence

Label: PLANCHA / RVNG Intl.
Cat#: ARTPL-254
Format: CD / Digital
Release Date: 2026.05.22
Price(CD): 2,200 yen + tax

※CDボーナス・トラック1曲収録
※解説付き予定

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