
海に糸を垂らす静寂の時間、音を紡ぐステージの高揚。そのどちらも、準備と集中、そして一瞬のひらめきがすべてを決める ──。シンガーソングライターのKaIと、彼のマネージャーを務める道田修平が語るのは、釣りという趣味に取り憑かれていったリアルな経緯、そしてそこから見えてきた音楽との意外な共通点だ。バンド活動と海釣りという一見異なる世界のあいだに流れる、創造のリズムに耳を澄ませてみよう。

釣りってちょっと違う世界に行ってる感じがある
VETHEL おふたりが釣りにハマったきっかけはなんですか?
KaI 僕は父親がイカ釣りをやっていて、連れて行ってもらったのがきっかけです。
VETHEL 嫌々とかじゃなくて?
KaI 楽しいから来いと。当時はイヤイヤっていうよりは、釣りって何だろう?みたいな不思議な感じで。最初はクソ眠いのに朝早くからズーッと歩かされて、何だろうこれって思いながら行ったんですけど、行くうちにめっちゃ楽しくなった感じですね。
VETHEL 当時は、ビギナーズラックがあったんですか? いきなり10杯釣ったとか。
KaI ありました。3回目ぐらいのときに3時ぐらいに着いてやってたらバカスカ釣れて。
VETHEL いか専門?
KaI いか以外にも釣ります。カレイとか、いろんなの釣ります。
VETHEL 道田さんはいかがですか?
道田 僕は釣りにハマった時期がいくつかあって。最初はおじいちゃんが地元の川にハゼ釣りに行こうってところから。そのときは釣り好きじゃなかったんですけど、兄がハマって、兄はそれからズーッと釣りやってるんです。この前も25万のタックルを買ったとか(笑)。で、僕が最初にハマったのは小学校のときのブラックバス。それはすぐに飽きちゃって、その後大人になってからは無趣味だったんですけど、あるとき兄が誘ってくれて、せっかく行くなら食べるのがいいと言って海釣りに行って、やっぱり釣りって面白いなと。そのころ僕はバンドをやっていて、専属のPAさんでめちゃくちゃ釣りをやる人と一緒に釣りに行って、“俺、本格的に釣りを趣味にしようかな?”と話をしたときに、彼がすごいガチな人で、“何を狙うんだ”っていう話になって、“なんでも釣りたいです”って言ったら“釣り、なめんなんよ、自分のジャンルを決めろ”と。僕、寿司のネタでカンパチが好きだったらカンパチを釣りたいと言ったら、“お前、金かかるとこ行くね”って言われて(笑)、その足で道具を買いに行って。ビギナーズラックはなかったんです。で、釣れないのが嫌で、ルアーで青物釣りに行って、4回目でようやく釣れたんですけど、そのとき釣れたのが8キロのヒラマサなんですよ。
VETHEL 8キロ!
道田 それでドハマりして、そこからは月1回は釣りに行かないと落ち着かない(笑)。ちょっと忙しい時期があって行けなかったタイミングもあったんですけど。KaIにも、“ごめん、来週は行かせてくれ”って(笑)。
VETHEL 音楽と釣りって一見関係なさそうで、実は似ている部分もあるような気はするんですけど。
KaI そうですね。僕は、音楽は仕事だと思ってないので、どちらも趣味って感じなんですけど、僕がやってたのは最初は無言で波の音とかを聴きながらやったりしてたんですけど、飽きるんですよ。そのときに何か音楽を聴いたりはしてましたけど、それぐらいかな。
VETHEL 釣りしてるときに音楽は聴きますか?
道田 聴かないです。釣りって仕事関係と似てるなっていうのがあって。音楽のどんな仕事をするのにも、ズーッと集中し続けるのって難しい。でも仕事上手な人って集中するタイミングがすごくピンポイントでやれてる人だなって思うんです。釣りって釣れない時間帯は全く釣れない。でも今釣れるなっていうときに準備が整ってるかどうか。だからボーッとやってて集中できなくてチャンスを逃すこともありますし。あとはどうせ釣れないからって適当にメンテナンスして日頃の準備もしてないと、そこでバラシちゃったりするので、仕事も一緒だなって思います。音楽も自分が準備し続けたものをステージで出すものなので、刹那だとは思うんですよ。集中するタイミングだったり、ステージに立つまでの準備期間をキチンとやってるのか、そこに向けて合わせられてるのか、そういうのと釣りも一緒。そういうモチベーションで釣りやってます。
VETHEL これはKaIさんに聞きたいのですが、釣りをしているときにメロディや歌詞のアイディアが浮かんだりしますか?
KaI 今やったら浮かぶかもしれない。最近釣りに全然行けてなくて、地元にしばらく帰ってないので最後に行ったのが3年前で……そろそろ行きたいですね。
道田 来月行く?
KaI 行きたい(笑)。
道田 この前WWWでワンマンをやって、そこまでは集中して、それが終わったら行こうって話してたんです。
KaI 確かに釣りしたらメロディや歌詞が浮かびそうな……。
道田 釣りってちょっと違う世界に行ってる感じがあるじゃん? 非日常なんですよね。海の上で何もないし、電波は通じないし、釣りするしかない。移動中とかボーッとするタイミングもあるので、いいインスピレーションがあるかもね。
VETHEL 自然の中で過ごすっていうのが、曲作りやライブに影響はある?
KaI めっちゃ影響あります。それこそWWWの前のワンマンが終わった後、長野に行ったんですけど、山でひとりでボーッとしてたら、すごくいいインスピレーションが湧いてきて、曲を作ったりもしてたんです。ただ自然の中でボーッとしながら、パッて降ってくることがある。
VETHEL 逆に渋谷のようなワチャワチャしてるところでも言葉は思い浮かぶ?
KaI ワチャワチャしてるところで浮かぶものもあるし、何もないとこで浮かぶものもあるって感じ。
VETHEL 曲調が全然違ったりする?
KaI 違いますね。ワチャワチャしてるところはダークな曲ができやすい印象。ヘイトがすごく出る。僕は自然が好きなので、すごく軽やかな気持ちで書けるというか、めっちゃポジティブな歌詞になる。それこそ去年の10月に出したEPの中にある「ワンダー」はまさにここ(渋谷)にいるときにイメージがついて書いた曲なんです。
VETHEL 自然に行ったときの自分が、この渋谷で書いた曲を聴いたときに、なんだよこれ?というのはない?
KaI いやそれはないですね。
VETHEL それは両方とも自分の中で成立してるんですね。
KaI 自分で選んだ環境だし。どちらが好きってのもないけど、自然の方が作っていて楽しい。でも、都会でも曲は書けるし、素直な気持ちで書けるので、僕はどっちにいても全然いいと思ってます。

音楽も釣りも僕にとっては生命っていうものを感じる行為
VETHEL 魚を釣り上げた瞬間と、音楽で感動が生まれる瞬間ってどこか通じるものありますか?
道田 僕はありますね。僕は1日ワンチャンスを逃すか、逃さないかみたいな感じで、いつも数が釣れないものを狙ってるんです。この前も釣りに行ったときに8人ぐらい乗船してたんですけど、全然駄目で、本当にワンチャンスだけ来て唯一釣れたのは僕だけだったんです。そのときは良かった〜って(笑)。ライブもそうかと思ってて、この前KaIと話したんですけど、その日に向けてプロモーションしたり、曲を書いたり、苦しいことがあればあるほど成功したときの達成感って大きいじゃないですか? 釣りも、マジで釣れねー!ってときにアタリが一回でも来たらマジでうれしい(笑)。だからそこは似てるかもしれない。ライブもなかなかできないことを成し遂げるのか、それとも何か毎日成し遂げるものなのかによっても違うと思うし、釣りも数釣れると数釣れないもので違うなと思って、そういう意味で何か似てる気がします。
VETHEL 8人が乗船していて、7人は知らない人だったわけですよね? その船では道田さんが勝った。いくつものバンドが出る対バンみたいな感じ? 今日はどのバンドより一番いい反応がもらえたという……。
道田 確かに。その感覚近いかもしれないです。あと、ライブで演奏していて、自分のパフォーマンス、今日はいい感じで声が出た、今日はマジで考えがうまくハマったみたいな ── 自分との戦いでもあるよね。釣りも周りとの競争もあるんですけど、今日ちょっと潮が濁ってるから、ルアーの色を変えてもっとアピール強くした方が釣れるんじゃね?とか考えて、それがハマったときに、俺の作戦は間違ってなかったってことはあるので、面白いかもしれない。アーティストの活動と似てる気がします。
VETHEL ちょっと話変わって、これまで行った中で一番印象的だった釣りスポットってどこですか?
道田 俺、たくさん出てきちゃうので先にどうぞ(笑)。
KaI 僕はビギナーズラック引いたとこが北海道の積丹ってところだったんです。そこがすごく印象的でした。めっちゃ釣れたからなだけなんですけど、父親に教えてもらいながら ── あの時間がめっちゃいい思い出というか、そういう意味で印象に残ってる。
道田 そういうのあるよね。俺もビギナーズラックだと思います。いろいろな船に乗るんですけど、最初にヒラマサを釣り上げたときに乗ってた船は自分の中でも思い出の船。それに船に乗るときは風景やロケーションもすごくいい。京都に伊根町っていう日本の「ヴェネツィア」と言われてる場所があるんです。有名なところで、舟屋って家が海に半分浸かってるんです。そこに泊まったんですよ。宿の下に降りたらもう海。そこからバーンって投げて、釣れなくてもいいやって鈴をつけて、ズーッとビール飲んで。そこは釣り好きじゃない人でも本当に楽しいなと思ってもらえるスポットなんです。僕、旅行好きなんですけど、旅行で観光+釣りしたいんですよ。なので大体海沿いに泊まることが多くて。
VETHEL 釣りを通じてお互いに、あれ、この人こんな一面があるんだと思うことありますか?
道田 実はKaIとはまだ一緒に行ってないんです。ズーッと行きたいなっていうのは話してて。そろそろ一緒に釣りたいなと思ってるので、今日取材をしてもらったのがいいきっかけなので、今日はここで約束して、釣り行きます。1〜2ヶ月中に行きます。
VETHEL 釣りをしてるときの道田さんが意外とバトル系で釣竿折ったり変身するかもしれない。
道田 俺がっていうよりもKaIがそれだった方が面白い(笑)。こいつ、こんなに熱くなる?みたいな。
KaI それは全然ないっす(笑)。
道田 意外と釣りって人間性が出るなと思ってます。その人を体現するような感じにですね。何人か職場の人を連れてったりしてますけど、みんな性格が出て……でもみんな絶対無邪気になる(笑)。
夢中になってやってるからこそ良いものが生まれる
VETHEL 釣りのときに聴きたくなる自分の曲やプレイリストがあれば教えてください。
KaI 僕は聴いてた曲で言うと、あんまり激しくない曲を聴いてました。静かな、ちょっとおしゃれなジャズっぽい感じの曲を聴いてたので、例えば「Just the Two of Us」とか聴いてました。気晴らしになるなみたいなイメージで。あとはその時々の気分で構変わったりします。基本はちょっと静かな静かめが多いですね。
VETHEL 道田さんは自然の音を?
道田 そうですね、釣りのときは基本そうなんですけど、トリスタン・プリティマンの「ラヴ・ラヴ・ラヴ」がすごく好きで、その曲はモーニングな感じなんですよ。その朝っぽい感じの曲を、陽が登ってくるとともに聴くのは、自分の中でも自然な曲なのですごく入ってきやすい、気分は上がったっていうのありますね。あとはラジオを聴くことが多くて。曲って自分が求めてるものを聴きに行くじゃないですか? 自分でプレイリストを作ったり。でもラジオだと、勝手に向こうがオススメの曲を出してくれるんで、そこで何か入ってきやすかったり、そこで出会った曲もあったりするので、何か新しいものとの出会いっていう意味では入ってくるものの方がいいなって思うんです。
VETHEL そういう意味ではKaIさんは新しい音楽に出会うときって?
KaI 今だとラジオみたいなやつがあるんです。Apple Musicでオススメを流すチャンネルが。それを聴いたり、あとはTikTokですね。ショートでオススメに流れてくる曲で気になったら長いものを聴く。今一番、時代なのかなって感じですね。
VETHEL 音楽と釣りをテーマにしたイベントやってみたいと思いませんか?
道田 音楽の先輩がブラックバスを釣りに行く人なんですけど、釣りが好きすぎて、バスメーカーとタイアップして自分のオリジナルルアーを作ってますね。その先輩は音楽家だけ集めた釣りイベントやってるような方で。逆に釣り仲間で音楽イベントやったり、コミュニティがあって。共通のやっぱり趣味って強いじゃないですか? 意外と音楽仕事してるけど、釣りもそこにいっぱいいたりする。
VETHEL KaIさんはミュージシャン仲間で釣りする人は?
KaI 一緒に行った人、いないですね。とはいえ上京してまだ間もないので。地元の友達はよく釣り行くことがありましたけど、でも音楽やってるかっていうとそうでもないです。釣りする人、地方出身の人が多いかも知れない。今一緒に住んでるミュージシャンの方がいるんですけど、その友達の子は福岡出身で、釣りが好きでよくやってたって言ってたので、その子といつか行けたらなと思ってます。
道田 イベントで思いついた。MCは全部釣りの話しかしちゃいけない縛り、音楽をどうするかは一旦置いといて、ケータリングでみんなが釣ってきた魚をさばいて、いっそ誰が釣ってきた魚が良かったかみたいな魚選手権をやって……(笑)。自分の愛用のルアーやリールを展示して。
VETHEL 音楽全然関係ないですね(笑)。
KaI ミニライブいれるくらい(笑)。
VETHEL 最後におふたりにとって音楽と釣りはどんな存在でしょう?
道田 音楽と釣りですね。両方のくくりで行くんだったら、やっぱりずっとあって欲しいもの。きっとズーッとそばにある生活の一部。切り分けていくのであれば、相乗できるような関係性。やっぱり音楽ちょっときつくなったりとかしたときとかに詰まったら釣りに行って、やっぱ1回インスピレーション生まれてきたものをもう1回音楽でやってとか、ていう相互関係にあるなっていうのはあると思う。
KaI 今は釣りは全然やってないんですけど、昔やってたころはとにかく夢中になってやってて、音楽もしかりで、とにかく夢中になってやってる。僕の中でそれが一番大きいかなと思ってます。僕は音楽をあんまり仕事として思ってやってなくてそれは今後もどれだけ自分が売れていこうとも仕事としてなるべく思わないようにしようっていうのは心がけてます。
VETHEL それは仕事と考えちゃうと何か不具合が自分の中にあるんですか?
KaI 僕は仕事として捉えちゃうと、どうしても義務感みたいなものが生まれちゃう。そうなるとクリエイティブする身として、いいものが出来ないなっていうのをここ一年ですごく感じたんです。本当に好きでやってるわけだから、夢中になってやってるからこそ良いものが生まれるし、いいものも生まれないかもしれないけど、でもそれは好きで俺がやってるから、それが一番、自分にとって生きてる心地がするというか、生命っていうものを感じるんでだから次も同じだと思ってますね。本当に夢中になれることだと思ってるので。

Interview & Text : VETHEL
PHOTO:夢見るサトシ


KaIライブ〈Sea’s Cruise No.04〉
日時:2025/05/25(SUN)
場所:下北沢440
時間:OPEN/START 12:00/12:30
チケット:前売¥2,000 当日¥2,500
CAST: KaI / Wapiti / JustIn / 祐生
チケットはこちらから
https://t.livepocket.jp/e/tjbx1
【リリース情報】
NEW DIGITAL SINGLE「SHIP」
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