「AIが奏でる“人間らしさ”という病」vol.5 TOOLの迷宮は、AIによってどう“別の感情”に編み替えられるのか

12月、19年ぶりの来日公演を控えるTOOLは、1990年代以降のオルタナティブ/プログレッシブメタルを象徴する存在だ。ポリリズム、変拍子、長尺構成、抽象的で観念的な歌詞 ── 。ロックの肉体性と、数学的な構造美が奇妙に結びついた音楽で、世界中に熱狂的な信奉者を獲得してきた。

しかし、その“複雑怪奇さ”こそ、AIカバーにとっては格好の素材でもある。人間なら身体性の限界に阻まれる複雑構造も、AIにとっては処理可能なパラメータの羅列に過ぎない。そのため、時に原曲が持つ緊張・焦燥・暴力性とはまったく異なる情緒が、別のジャンルへ翻訳される。

今回は、TOOLという“構造のバンド”が、AIによってどのように解体・再構築されるのか。3つの異アレンジを手がかりに、その変容を追っていきたい。

Forty Six & 2(1970s Funk Rock Version)
── 変拍子の焦燥が、“身体を揺らすファンク”へと書き換えられる

1996年の『Ænima』収録曲「Forty Six & 2」は、TOOLの代表曲の1つ。神経質なまでにタイトなリフ、緊張の糸を張り詰めるドラムパターン、そしてメイナード・ジェームス・キーナンの声に宿る焦燥 ── 。TOOLの“精神の圧”を端的に象徴している。

このAIによる1970年代ファンクロック版では、その焦燥の塊が一転して“身体性の音楽”へと生まれ変わる。ギターはアタック感のあるファンキーなカッティングへ置き換わり、ベースはうねるラインでグルーヴを牽引。ドラムは原曲の雰囲気を尊重しながらも、70年代特有の有機的な“ノリ”に再配置されていく。

異様なほどの緊張感を孕む楽曲が、AIの手にかかると“息づくグルーヴ”へ変換される。TOOLの数学的構造が、AIによってむしろ肉体性を獲得した好例だ。

Sober(1950s Blues Version)
── 抑圧と苦悩のロックは、“深夜の酒場の祈り”へと沈んでいく

1993年リリースの1stアルバム『Undertow』に収録された「Sober」は、重心の低いリフ、閉塞的な空気、メイナードの沈み込むようなボーカルラインによって、初期TOOLの“陰影”を決定づけた楽曲だ。

このAIブルース版では、その重苦しさが1度解体され、1950年代のいなたいブルースへと再構築されている。少ない音数で鳴らされるギター、乾いたドラム、そして深夜のバーで独り歌っているようなボーカル。

過度な装飾を削ぎ落とした結果、逆にメロディの“普遍的な強さ”が露わになり、原曲とは別種のソウルフルさが浮かび上がる。

TOOL本来の心理的圧迫は薄れるが、AIはその代わりに“孤独のブルース”を立ち上げてみせる。複雑さを取り除くことで、曲の芯に潜んでいた感情が別の形で照らされる。

Stinkfist(Euro Funk / Llama Cover)
── 暴力性のロックが、“踊れる多幸感”へと転生

1996年『Ænima』の冒頭を飾る「Stinkfist」は、ダーティな質感と息苦しいほどの密度を持つ、TOOLの“肉体感”を象徴する楽曲だ。

AIによるユーロファンク版では、その暴力性が1度解体され、まるで別の生き物のように再構築される。低く滑らかなベースがゆったりとグルーヴを刻み、煌びやかなシンセが空間を彩り、ハスキーな女性ボーカルが陰鬱を“色気”へ翻訳する。

テンションの急上昇と急降下をくり返す構成は、TOOLの“緩急の美学”とも奇妙に響き合う。途中のスピーディなギターソロも、このバージョンのアクセントとして機能している。

AIのジャンル翻訳は、原曲の暴力性を薄めることがある。しかし、それは必ずしも劣化ではなく、構造そのものが持っていた強度が別の情緒を生むという示唆でもある。

AIは、TOOLの“迷宮”をどこまで言い換えられるのか?

TOOLの音楽は、人間の“精神”と“身体”の両方を極限まで引き伸ばす構造を持っている。一方でAIは、その複雑な構造を軽々と分解し、まったく異なる情緒・身体性へ変換してしまう。

AIはまだ“音楽が何を語ろうとしているのか”を理解しているとは言い切れない。だが、構造を読み替える能力によって、原曲では見えなかった感情や輪郭を照らしてしまう瞬間がある。

19年ぶりの来日を控えるTOOLの迷宮を、AIがどのように書き換えるのかを見比べることは、音楽とテクノロジーの行方を考える上で格好の視点になるだろう。

舞音(まいね):カルチャーコラムニスト。音楽、文学、テクノロジーを横断しながら“感情の構造”をテーマに執筆。AIと人間の創作を対立ではなく共鳴として捉える視点が特徴。

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