
AIが再構築した名曲たちを紹介するこのコラム。第4回目となる今回は、初の“単曲・異アレンジ”企画だ。
取り上げるのは、ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」。90年代のロック史を象徴するこの楽曲は、倦怠、苛立ち、衝動が綯い交ぜになった“当時の空気そのもの”を鳴らしていた。
AIは、この曲をどう読み取り、どの要素を“核”として保持するのか? 3つの異なるアレンジを通して、その問いに迫っていく。
原曲Nirvana「Smells Like Teen Spirit」
Smells Like Teen Spirit(1960’s Country Version)
── 反抗のアンセムが、埃っぽいロードムービーへと姿を変える
こちらは、乾いたアコースティックギターのストロークと、嘶くようなブルースハープで幕を開けるカントリーバージョン。音が鳴った瞬間に、体育館のモッシュピットはアメリカ南部の荒野へと移り変わる。
面白いのは、原曲の“鬱屈した閉塞感”が、ここでは“広大な孤独”へ変換されている点だ。歪んだエレキの圧が消え、代わりに生楽器(をシミュレーションしたサウンド)が幾重にも重なり、乾いた風景の中にひとり佇むような余白を生んでいる。空間に“乾いた隙間”が増えることで、曲が纏っていた暗いエネルギーは、より“1人きりの旅路”の情緒へと形を変える。
間奏のブルースハープは、風に抗うようなビブラートで鳴り、激情を別の角度の哀愁へと翻訳していく。AI的アレンジでありながら、実は原曲の精神性を意外なほど丁寧に掬い上げた解釈となっている。
Smells Like Teen Spirit(Reggae AI Cover)
── 怒りは重心を下げ、“揺らぎ”として呼吸し始める
このレゲエ版では、本場の“ワンドロップ”のようにキックを抜いて重心を落とすというより、軽く崩したビートにウラ拍のギターを散らし、“レゲエ風の揺れ”を作り出している。ビートは前に突っ込まず、かといって深く沈み込むわけでもない。その曖昧な揺れが、原曲の突進力と対照的で面白い。
丸みを帯びたベースラインが緩やかにうねり、ギターのウラ打ちは乾いた空気を軽く押し返すようだ。ボーカルは原曲の破れた叫びではなく、どこか眠たげな“緩さ”を帯びていて、怒りが“力の抜けた憂い”に変換されていく。
興味深いのは、メロディの骨格がほぼそのまま残されている点だ。ビートや音色が変わっても、「Smells Like Teen Spirit」を「Smells Like Teen Spirit」たらしめる“旋律の強度”が、ここでもはっきり浮かび上がる。
原曲の“閉塞→爆発”という構造は影を潜め、代わりに“ほどけた揺れ”が曲全体を支配する。今回紹介する中では最も穏やかなアレンジだが、楽曲の新しい側面を静かに照らし出している。
Smells Like Teen Spirit(K-Pop Cover)
── グランジが、眩しすぎるポップアーキテクチャに
最も“斜め上”に振り切れているのが、このK-POP版だ。原曲の荒削りな質感を捨て、4つ打ちを土台にした軽快なダンスビートと煌びやかなシンセが全面に押し出される。まるでグランジの音を、派手なネオンの街で再構築したような仕上がりだ。
テンションの急上昇と急降下をくり返す構成は、「Smells Like Teen Spirit」本来の“緩急”の本質と奇妙に共鳴している。途中で差し込まれるスピーディなギターソロも、やや装飾的ではあるが、このバージョンの魅力の1つになっている。
コーラスはK-POP的な合いの手が多用され、曲全体が“装飾の建築物”として積み上がっていく。にもかかわらず、「Smells Like Teen Spirit」としての衝動とキャッチーさは失われない。原曲の持つ“核”の強さを、最も露骨に証明するアレンジと言える。
AIは“1曲の本質”をどこまで保持できるのか?
カントリー、レゲエ、K-POP。ここまで極端なアレンジでも、「Smells Like Teen Spirit」が 「Smells Like Teen Spirit」であるための“核”は、確かに残っている。
カントリーは“孤独”。
レゲエは“揺らぎ”。
K-POPは“緩急と衝動”。
いずれも原曲が内包していた要素の“別の顔”だ。
AIは、まだ“曲が何を語ろうとしているのか”を理解しているとは言い切れない。だが、音を並べ替える過程で、時折人間以上に本質に触れてしまう瞬間がある。
今回は、「Smells Like Teen Spirit」という楽曲の“強度”とAIの“解釈の多面体性”を浮かび上がらせる回となったようだ。

舞音(まいね):カルチャーコラムニスト。音楽、文学、テクノロジーを横断しながら“感情の構造”をテーマに執筆。AIと人間の創作を対立ではなく共鳴として捉える視点が特徴。







